原作ネタバレ

「元夫の番犬を手なずけた」韓国の原作小説ネタバレ感想 |4巻・後編

コミカライズ連載している「元夫の番犬を手なずけた」の韓国原作小説を読んだのでネタバレ感想を書いていきます。韓国語は不慣れなので翻訳が間違っていることもあります。

(間違っているところを見つけた場合はtwitterのDMでコッソリ教えてください…)

元夫の番犬を手なずけた(전남편의 미친개를 길들였다)

原作:Jkyum

16.底なし沼をよじ登ると

帝国の剣の娘

ヨナス達が馬を率いて雪で覆われたプラム山脈を登っていると、そこへラインハルトが追いかけてきました。

ヨナスはラインハルトに「陛下は?」と聞かれ、自分たちよりも先に登ったのだと説明しました。ヨナスはラインハルトが娘をビルヘルムが拉致したと思ってその文句を言いに来たのだと思っていました。

おまけに以前ラインハルトの裸体を目にしてしまって、あやうくビルヘルムに目を潰されそうになったので、ヨナスはラインハルトをまともに見ることも出来ませんでした。

「どこにいらっしゃるの?」

「恐縮ですが閣下、どうかされましたか」

「陛下に聞きたい事があって来たの」

ビルヘルムはビアンカとディートリッヒの元に多くの騎兵を残し、更にプラム山脈の中腹あたりでヨナス達騎士も半分ほど置いていってしまった。

『この先は地図にない地形だ。記憶があっているのか見てみよう。後続部隊は2時間後に直面する平地で陣取るように』

ラインハルトがこのまま山を登って魔物に襲撃されたらビルヘルムに殺されると思い、ヨナスは「すぐに戻ってくるので少しお待ちください」と言いました。そうしてラインハルトはヨナス達と合流したけれど、すぐに魔物の襲撃にあってしまいます。

騎士たちで魔物に対処し、終わったあとにヨナスが被害報告を受けていると、そこにはもうラインハルトはいませんでした。

ヨナス、なんだかんだ苦労人で笑ってしまいました。ビルヘルムみたいな上司を持つと部下は本当に大変そう…。

ラインハルトは蛇の魔物に自分のマントが引っかかり、そのまま巻き込まれてしまいました。兵士たちが打ち込む槍は蛇の魔物を攻撃し、蛇はラインハルトを巻き込んだまま逃走しました。

ラインハルトは首が閉まらないよう必死につかまっていたが、地面や木、岩などで容赦なく全身を傷つけられました。そのまま進んでいた蛇の魔物はようやく自分の体に何か巻き込んでいると気づいて大きく身を震わせ、その拍子にラインハルトは地面に投げ出されます。

落ちた地面は傾斜になっていて、そのまま転がり、ラインハルトは頭をぶつけました。

ラインハルトは痛みにうめき声をあげつつ信号弾を探したが、すぐに馬に荷物を預けていたことを思い出して「くそ!」と悪態をついた。ラインハルトは地図と短剣は持っていたので、ひとまず立ち上がると、ラインハルトの目の前には雪原が広がっていました。

死ぬまで、そして生まれ変わって死んで、また生まれ、竜がフラン山脈の上に昇るまで。

アランカス人が使う慣用句。雪と氷に覆われたそこに、ラインハルトは一人で迷い込んでしまった。しかし、ラインハルトは途方に暮れることなく、むしろやる気に満ち溢れていた。

お父様。

私はお父様の娘です。

単身で帝国軍に号令をかけ、死ぬまで帝国の最も強力な剣だったお父様の娘です。

だからこんな山では私を止めることはできません。

エゴンの不安

フラン山脈を登れば魔物が増えると多くの人が思うが、実際はそうではないことをビルヘルムは知っていました。竜は自分の巣の周りを魔物で満たしたが、巣の中までそうした訳ではなかった。

ヨナス達を置いていき、そこから連れてきた者の半分を更に中間地点で置いていき、今やエゴンを初めとした8人しかビルヘルムの傍には残っていなかった。更にエゴン達まで置いていこうとするので、エゴンは反対しました。

「雪も強いので危険です」

「竜の巣では雪は降らない」

「それでもそこまで一人で行くことはできません」

「俺はもう一人で行ってきた。エゴン、アランカスの血筋でなければ接近することができないところだ」

ビルヘルムは竜の巣を壊せば雪は止むと話しました。寒い中で活動する魔物たちは雪が止めば地中深くに戻っていく。

「その時、地上に残った魔物は最大限掃討しろと伝えろ」

ビルヘルムは信号弾や必要なものをまとめた荷物を騎士から受け取りました。

「信号弾を上げて待っていただければお迎えにあがります」

「わかった」と返事をしたビルヘルムは、滑りやすく、一人で行くには不安になりそうな道を、まるで大したことがないかのように躊躇なく進み、エゴンはその後ろ姿を見送ってため息をついて背を向けました。

エゴンはいつ信号弾が上がっても動けるよう待機するための準備をするよう騎士達に命じたましたが、「魔物を掃討しろ」というビルヘルムの命令が引っかかりました。

まるで迎えには来るなといっているような。エゴンは振り返ったが、もうそこにはビルヘルムの姿はありませんでした。

ひとまず更新分はここまでになります。続きはこの後に追記していく予定です。次回の更新時期はtwitterにてお知らせします!

お待たせしました。以下は1/17に追記したものになります。

竜の願い

竜は、血塗れで内蔵がはみ出たビルを巣まで引き摺りました。その姿は人々が想像する巨大生物の姿ではなく、銀髪に紫の目をしたアマリリス・アランカスの姿をしていました。9回死んで生き返り、しかし最後は自分を裏切った恋人。その姿を見るために、竜は数百と石像を作ったものの納得できず、ついには自らが恋人の姿となりました。

竜がはみ出た内蔵をビルの腹に戻しながら撫でると、不思議とビルは立ち上がることができました。竜はビルの血の匂いを嗅ぎ、「良い匂い」と言います。ビルの中に流れているアマリリスを感じたのでしょう。この当時、ビルは竜を理解できなかったが、ラインハルトのショールを拾った時に、竜の気持ちを理解しました。

竜は剣をビルに握らせるとそのまま自身の体を突き刺しました。

魔法が衰退し、竜も衰退しました。フラン山脈にいる竜は最後の竜だった。一人残された竜は、アマリリスに出会い、悟りました。老いた竜達が警戒していたのは、人間の非道さではなく、竜自身が何かを愛するようにならないというものでした。しかし、愛してしまってはもう取り返しがつきません。

竜は手のひらをビルに差し出します。その手のひらの中には、竜が触りすぎて宝石が落ち、表面が銅色になってきまった指輪がありました。かつてアマリリスが嵌めていて、気づけば竜の手の中にあったもの。竜はいつそれを彼女から貰ったのか覚えてなかったけど、それでも彼女の指輪なので命のように大切にしていました。

そして、竜は帰らぬ恋人を待ち続けて泣きながら、指輪に自分の命と魔法をかけました。竜は、恋人がフラン山脈の魔物について頭を悩ませていたことを知っていました。だから、竜は恋人に提案しました。

君の顔を一度見せてくれれば、私はその場で君のために死のう。フランの魔物を止めてやる。私を守るために龍が残した魔法さえ全て壊せるようにしてあげる。

そう誓って恋人を待った。

しかし、恋人は永遠に現れなかった。

『しかしリルの子よ、私はリルに9回の生を与えたが、お前にもそうする気はない。死ぬほど愛したが、殺してしまいたいほど憎いから。だからお前はどうかただ一度の生を価値あるものに使え』

アマリリスの姿をした竜の体からは赤い血が流れ、やがて発光しました。四方にまで広がるほど巨大な光が放たれ、瀕死のビルはその光景に感嘆しました。

ビルヘルムはその時の記憶を辿りながら雪の中を歩きました。瀕死だったため記憶が曖昧だったけど、暫く迷った後に道をみつけます。谷の内側に入ると暴風と共にふいていた雪が静かになった。渓谷の隙間。そこに、竜の巣がありました。

『しかし、何度も生を繰り返してきたリルでさえいつも失敗したのだから、お前が幸せになれるだろうか。ああ、お前が失敗するのを見れなくて残念だ。お前の失敗こそが私の楽しみなのに』

ビルヘルムは騎士から受け取っていた荷物を投げ捨てました。エゴンが渡した信号弾が荷物の中から転がり、雪の中に埋もれたけれど、ビルヘルムは見向きもしなかった。ビルヘルムは、最初から帰るつもりはなかった。

『死にたいがお前の手でどうしても死ねない日が来るだろう。その時はリルの物を持って私のところに来なさい、リルの子よ』

『お前が世の中にいたことさえ無かったことにしてあげる』

ビルヘルムはその言葉が理解できませんでした。二度目の生を生き、ラインハルトを僅かでも手にした時には、アマリリスに振り向いてもらえなかった竜の呪いだと思ったし、嘲笑った。

しかし、今は分かる。龍が言った言葉が何なのか。死にたいが死ぬこともできない日々。恋しくて恋しくて彼女の肖像ですら目をそらしてしまう日々。

「俺なんかが世の中にいたことさえ無かったかのように……」

フラン山脈の雪を止め、魔物が湧き出る永遠の氷壁を壊す。そして、指輪を嵌めて、自分が死ぬことこそがビルヘルムの望みでした。

「陛下がどこで死んでも私の知ったことではありません」というラインハルトの言葉を思い出して、ビルヘルムは笑いました。

優しい彼の主人はそう言いつつも、彼に「愛してる」と言ってくれたではないか。

だから、もしかしたら褒められるかもしれない。追いかけて死んだわけでもないし、フランの魔物も消えたはずだから。

ラインハルトの二度の人生

ラインハルトは雪や氷で覆われた道なき道を転びつつも前に進んでいました。

わざと大きな声で「大丈夫」と言いながら、吹雪で視界が悪い中歩く不安をなんとかやり過ごしていました。魔物に放り出された時点でヨナス達の元に戻るという考えもあったけれど、そもそもラインハルトは自分の場所がわからなかった。しかし、竜の巣がどこにあるのかは知っていました。

3番目に高い頂上を超えると盆地があると会議で話していた。ビルヘルムの知っている道なら吹雪はもう少し緩やかだったろうけど、ラインハルトはその道を知らないので闇雲に雪山を登りました。最後に雪山を登ったのは首都から追い出されてルーデンを目指した12年前。

ラインハルトは12年という時を今更ながら感じました。前の人生ではヘルカに追いやられて15年後に死にました。今頃は何をしていたか考え、自分が復讐心でやせ細っていた頃だったのを思い出します。人生をやり直したものの、裏切られた気持ちで歳月を過ごすのは今回も同じでした。

しかし、変わったものもあります。12年前の雪山で、傭兵に地図も武器も奪われ、危機を迎えた時。

「あなたがいた……」

初めて会った時のビルヘルムはやせ細っていて、小さくて、汚かった。裸足でルーデンをさ迷っていた小さなビルヘルムを思い出し、自分にもできるはずだとラインハルトは自分を鼓舞しました。

ラインハルトは疲れ切っていて、空腹と寒さで苦しみ、気絶しそうになりながらも、人はそう簡単に気絶しないと言い聞かせて歩き続けます。

ビルヘルムの人生に比べれば、辛いことなんてない。水っぽい粥も食べれずに吐き、不眠から抜け出せず、やせ細っていたヘルカのラインハルトに比べれば、ルーデンのラインハルトはこの上なく幸せだと思いました。

しかし、体力も限界でラインハルトは雪の上に倒れてしまいます。すぐに立ち上がったけどマントが敗れ、杖がわりにしていた木の枝が雪に埋もれてどこかにいってしまった。雪の中を探すものの、視界が悪く、指先にも感覚がないので探すことが出来ず、涙が出ました。

もうこのまま倒れてしまいたい。諦めてしまいたい。そんな気持ちが湧いてきたけど、ラインハルトはビルヘルムのことを考えました。

ラインハルトに会いたいという理由だけで、幼いビルヘルムは記憶が無いままルーデンの雪山をさ迷った。そんなビルヘルムを理解することはきっと一生できないかもしれない。だからこそ、ラインハルトはビルヘルムに対して傲慢になったのだから。

「わからない、ビルヘルム。私は本当にあなたがわからない……」

もう一度死んで生き返ったとしても、きっとラインハルトにはわかりません。

ラインハルトは再び木の枝を手にすることができ、なんとか立ち上がりました。指のいくつかは使えなくなるかもしれない。そう考えているうちに、周りが明るくなり、朝を迎えたことをラインハルトは知りました。

少しだけ眠りたい。山の隙間のような場所だったら眠れるかもしれない。そう思ったラインハルトの視界に、緑色の海が広がりました。

白い山の真ん中を神が手で掬うとああなるかもしれない。そう思えるほど、吹雪くフラン山脈の真ん中に、草木の茂る盆地が見えました。夜明けの光の下で金色にも見えて、まるで生命の海のようだとラインハルトは思いました。

数歩進むとそれまでラインハルトを苦しめていた寒さから解放され、ラインハルトは倒れました。ミシェルの拷問によって傷ついていた膝が悲鳴をあげ限界を迎えていたからでした。ラインハルトが倒れたところは斜面になっていて、ラインハルトはそのまま緑の地に転がり落ちてしまいます。そのまま大きな岩にぶつかり、ラインハルトは痛みに呻き声をあげました。

痛みと疲労で気絶してしまいたかった。もういいのではないか。そうラインハルトが思っていると、声をかけられます。

「………ラインハルト?」

かろうじて目を開けると、そこには探していた男がいました。

「………ビルヘルム」

愛してやまない。

彼女の犬。

ひとまず更新分はここまでになります。続きはこの後に追記していく予定です。次回の更新時期はtwitterにてお知らせします!

お待たせしました。以下は2/8に追記したものになります。

ビルヘルムの未練

ビルヘルムがかつて竜に引き摺られた狭い岩の隙間を歩くと、竜がかけた魔法が発動して、自分のこれまでの記憶が流れました。放浪し、ミシェルとドルネシアに使われたビルとしての人生。しかしそれらの記憶はビルヘルムにとってほとんど意味の無いものだったので無表情で通りすぎ、しかし、もうすぐ出口という所で立ち止まります。

『いや、変じゃなくて、可愛い。可愛いよ……もう少し整えればもっと可愛くなりそう』

幼いビルヘルムを座らせて自分の髪を切るラインハルトの幻影を、ビルヘルムは眺めました。

『そうだ、斧を持って。一気に打ちおろせ』

ビルヘルムは1歩踏み出しました。すると、自分に斧を握らせてくれた優しい男が現れます。ビルヘルムが狩ったトナカイを剥製にして部屋にかけるよう笑うラインハルトも現れました。その胸に抱かれて少し嬉しそうにしている自分も。

一歩更に踏み出すと、グレイシアの城壁で焦っている青年がいました。青年は、自分の師匠を自称していた男をその日見捨てました。不安な顔をしている青年を、ビルヘルムは通りすぎます。

『ビルヘルム。これが愛じゃないなら一体何が愛だろう』

その言葉に、ビルヘルムは立ち止まりました。この場で一緒に岩となりたくてビルヘルムは手を伸ばすけど、幻影はビルヘルムを嘲笑うかのように消えてしまいます。

冷たくて凍った岩の道を通り抜けるとそこには春が広がっていました。頭上の岩から水滴が流れ、ビルヘルムの額に当たり、そのまま水なのか涙なのかわからないものがビルヘルムの頬を流れました。

ラインハルトの冷笑に慣れすぎて、あんなに自分に笑いかけてくれていた時期があったことを、ビルヘルムは忘れていました。そう思った途端、ビルヘルムは自分の首を掴みます。

ビルヘルムは自分に囁く怪物の声をいつも押さえ込んでいました。

「お前のせいだ」

怪物に向かって言うけれど、答えはかえって来ません。

「俺のせいだ」

お前のせい。お前のせいだ。ビルヘルム。いや、ビル。お前のせいだ。完全に手に入れることもできないものを欲しがって、そうやって。お前の底をさらけ出すべきではなかった。隠すなら最後まで隠さないと。待つなら最後まで待たなければならなかった。

ビルヘルムはそれらの考えを後回しにして、盆地を歩きます。盆地には巨大な盤石があり、ビルヘルムはその上を歩き、盤石の上にある鏡、ベッド、テーブルや椅子、そしてアマリリスの石像を眺めました。

ビルヘルムは自分に「どこで死んでも知ったことではない」と言ったラインハルトと、自分に「愛している」と言って笑ったラインハルトを思い返しました。

「今死ねばいいのに」

今死ねば、ビルヘルムは死に、魔物はフラン山脈の地下で眠る。今この場で指輪にアランカスの血さえかければ。

ビルヘルムは足元に指輪を落とし、リンケ侯爵の変色した剣を持ち、鞘から剣を抜きました。その剣先を自分に向け、全て終わることを覚悟しました。

しかし、ビルヘルムの手はそこから動かなかった。

手が震えて言うことを聞いてくれなかった。ビルヘルムは「死ぬことができない日が来るだろう」という竜の言葉を思い出しました。

ラインハルトに自死を許されず、立場上誰かに自分を殺すよう頼むことも出来ない。だから死ねないのだと思っていたが、そうではないのだとビルヘルムは理解しました。

ラインハルトにとても会いたかった。ラインハルトを愛しすぎて、ビルヘルムは死ぬことが出来なかった。自分の死に涙を流してくれるかもしれないという期待もしているが、その微弱な可能性のために死を選ぶことが出来なかった。

「……ラインハルト」

ビルヘルムの目から大粒の涙が落ちた。

「死にたくない」

「ラインハルト。あなたを置いて死にたくないです」

「あなたに会いたいです」

「死んだら永遠にあなたに会えないでしょう」

会いたかった。

死んだら全てが終わりで、3度目はない。それならラインハルトに永遠に嘲笑われても、彼女に目を向けられなくても良かった。ビルヘルムはラインハルトを自分の主人にしたかったが、ラインハルトはビルヘルムを人間として扱い、「自分の人生を生きて」と言った。

ビルヘルムのための命令だったが、ビルヘルムには複雑すぎてそうすることができなかった。人間になんてならなくて良かったのに、気に入られたくて人間の真似をしたのがいけなかったのだとビルヘルムは思いました。

「いっそ俺が本当に犬だったら良かったのに」

ラインハルトの傍でしっぽを振り、撫でられ、たまにはラインハルトの膝に頭を乗せる、そんな犬が良かったとビルヘルムは思いました。

その時、ビルヘルムの足元で魔物がわき、指輪が転がって行った。ビルヘルムは剣で魔物を殺し、まるで意志を持ったかのように転がっていく指輪をゆっくり追いかけ、拾った。

悲鳴が聞こえたのは、その時でした。ラインハルトの声が聞こえたが、ビルヘルムはそれが竜が見せた幻聴なのだと思いました。ラインハルトの声を真似る魔物かもしれない。そう思いつつ声の方に足を向けると、ラインハルトがいました。

ぼろぼろで、汚くて、それでも美しかった。

「………ラインハルト?」

幻覚だと思っていたラインハルトは口を開き、「ビルヘルム」と名前を呼びます。その瞬間、自分の未練がはっきりと形になり、指輪が手から離れて落ちました。金色のまつ毛が風に揺れるのを眺め、「死にたくない」とビルヘルムは呟きます。

ラインハルトが聞き返しましたが、ビルヘルムの目からは涙が溢れました。前世では、なぜラインハルトが同じ空の下にいるのに死を願うだけだったのだろうか。どうしてそんなことが出来たのだろうか。

ビルヘルムは、ラインハルトが「あなたの人生を生きて」という言葉の意味をようやく理解しました。死なずに自分の人生を生き、また愛するものを探してみろという意味。しかし、ラインハルトを放ってなぜ他を愛するようになれるのか。

「ラインハルト。俺は、死にたくないです……」

ビルヘルムは涙を流しながらラインハルトに跪きました。抱きしめたかったけれど、幻を抱きしめては消えてしまうと思い、ビルヘルムは手を伸ばせませんでした。

「ラインハルト。生きていて、あなたが俺の名前を呼んでくれるのが聞きたい。 ラインハルト、ラインハルト。死にたくない。あなたに会いたい」

手に持っていたリンケの剣も落とし、ビルヘルムは自分の顔を隠した。たとえ幻覚だとしてもこんなに惨めな姿を彼女に見せたくなかったから。

「あなたに約束したのに、死ぬと。喜んで死ぬと。ここで俺が死んだら、あなたは幸せになるでしょう。知ってます。知ってるけど。……でも死にたくないんです。あなたを抱きしめたい。俺が死ぬことだけを願うあなたが俺を呪うために名前を呼んでも構いません。だから、俺の名前をもう一度だけ……」

濡れた頬に冷たい指先が触れ、ビルヘルムが顔を上げると金色の瞳がビルヘルムを見ていました。ラインハルトは「ごめんね」の言葉を繰り返し、「私は一度もあなたが死ぬことを心から望んだことはなかった」と言いました。

訪れた春

ラインハルトはビルヘルムが自分のために死を選ぼうとしていたことを理解しました。転がり落ちた痛みなど滑稽に思えるほどの悲しみがラインハルトを襲います。

「愛している」と言ってあげたかったが、こんなにも盲目的に自分を破壊するほどラインハルトに狂った男に言ってしまうと、それこそ自死してしまうのではないかと思いました。

だから、ラインハルトは謝罪を口にしました。遅い謝罪だとしても、ラインハルトにはそうする事しか出来なかった。ビルヘルムは竜の魔法だと思っているようで、「まったく狂った竜は恐ろしい。どうやったらこんな凄い魔法をかけたのか。1番望む言葉は言ってくれないくせに」と言いました。

ビルヘルムが何を求めているのか理解できましたが、ラインハルトはそれを口にしていいのか躊躇していました。しかし、その間にビルヘルムは指輪を地面に置き、剣を手に持ちます。

「でも、あなたの顔が見れてよかった、ラインハルト」

「……ビルヘルム?」

「名前を呼んでくれるのも」

「不思議だな。あなたの顔を見ると想像もできないほど勇気が出る」

「ビルヘルム」

「愛しています」

そうして、ビルヘルムはできるだけゆっくりと自分に剣先を向け、突き刺した。少しでも幻覚のラインハルトを目に焼きつけるかのように。

しかし、ビルヘルムが幻覚だと思っていたラインハルトはその剣先を抱きしめるかのように止めていました。ラインハルトから流れる血を見て、ようやくビルヘルムは彼女が幻覚ではないことに気がつきました。

「魔法じゃないよ、ビルヘルム。一度もあなたが死ぬことを願ったことはないと…言ったじゃない」

ラインハルトは痛みに耐えつつ、ようやく「愛してる」と口にして、その場に座り込みました。

「ラインハルト!ラインハルト、ラインハルト!」

ビルヘルムには数年前、自分の首を切ったラインハルトの姿が重なって見えました。

「あなたがどうしてここに…」

ラインハルトの体を支えると、血に濡れたラインハルトの手のひらがビルヘルムに伸び、その頬を軽く叩きました。

「やっと気がついたの…」

「ライン、ラインハルト…なぜ…」

「あなたを愛してる、ビルヘルム。長い間ずっと私は自分を否定していたけど、それでもあなたを愛してる。それを言おうと思って、ここに来たの」

ラインハルトはビルヘルムの顔を引き寄せて、「あなたが私を許さなくてもいい。でも死のうとしないで」と言った。

「欲張ってごめんね。でもあなたが生きてこそ、私を許すことができるでしょ」

ビルヘルムはそのラインハルトの言葉や姿を見て、少年に戻ったかのように叫びました。血塗れになりながら自分に愛していると言われて気が狂いそうなほど嬉しかったし、同時に心配でたまらなかった。泣きたくても、ぽたぽたと血を流すラインハルトを見ては涙も流せなかった。

ラインハルトは、愛してると口にするとビルヘルムが不信の沼に落ちてしまうと思っていたし、自分を許さないと思っていた。

チェスの駒を手放すには勇気がいる。ラインハルトは神に祈り、やがてそれが間違いであることに気がついた。全てはラインハルトがしたことであり、自分の手にかかっている。だから、もう神には祈らない。

ラインハルトはビルヘルムの鼻筋に口付けして、「起きなさい」と命じました。自分も立ち上がるために力を入れると、ビルヘルムはそれを支えるために一緒に立ち上がります。

ラインハルトはにっこり笑って「よくやった」と褒めて、ビルヘルムの頬を撫でました。ラインハルトの頭の中を埋め尽くす愛の言葉より、ビルヘルムに必要な言葉をラインハルトはわかっていた。

「私を山の下に連れて行って」

ラインハルトにそう言われた瞬間、ビルヘルムはただの一度も持ったことの無い人生の執着に火がつきました。灰のようだった瞳が、真っ黒に輝きます。

「はい、ラインハルト」

「いい子ね」

ラインハルトは実はそうしたくなかった、と命じる前に地の文で記されています。命じたくはなかったけど、ビルヘルムには命令が必要だった事をラインハルトは理解していました。

ビルヘルムは自分の服を破き、ラインハルトに応急処置を施し、ラインハルトに許可を貰って抱き上げました。ビルヘルムが歩き始めるとつま先に指輪が当たったが、もう関心は無いのでそのまま蹴ったら指輪はどこかに転がっていきました。

ビルヘルムは元きた狭い岩の狭間を通りぬけ、大きな石の上にラインハルトを下ろします。彼女の頭に口付けてから、自分が捨てた荷物から信号弾を見つけ出しました。ラインハルトの元に戻ると彼女の頭には雪が積もっていて、動かずビルヘルムを待っていた事に、ビルヘルムの気分は高揚しました。

ビルヘルムは自分の主人であるラインハルトに命じて欲しかったけど、ラインハルトはビルヘルムを見るだけで何も言わなかった。その姿に不安にかられていると、ラインハルトは「雪が降る間、あなたを見ていたけど…綺麗ね」と言いました。

「こんなに綺麗なのに、私は恐れてあなたを手放したのね」

ビルヘルムはそれを聞いて、自分の性格が悪いから、信じることができなかったからだと思いましたが、それでもラインハルトから出る言葉がとても甘く聞こえました。

ビルヘルムは涙を流しながら信号弾に火をつけようとしたが、手が震えて何度も失敗しました。うまくできないビルヘルムを見かねて、ラインハルトが近づくと、彼女の頭に積もっていた雪がビルヘルムの顔に落ち、二人の距離が近づきました。

目が合った。 唇が触れ合うのはあっという間だった。

世の中のすべての冷たいものが集まっている真ん中で、ビルヘルムは春を迎えた。

2人を覆い尽くすほどの雪が降ったが、何も怖くはなかった。そうして、雪は止んだ。1000年以上振り続けた雪が止んだ瞬間だったが、二人の壊れた人生が絡まった瞬間に比べれば、大したことない事でした。

新しい二人

ラインハルトが目を覚ますと、ルーデンの寝室でした。夢だったのかと思いつつ寝返りを打つと、隣にはビルヘルムが寝そべっていました。

「目が覚めましたか」

そこでラインハルトは夢ではないことに気がつきます。ラインハルトの頭の中ではいくつもの質問が浮かんだけど、それを言う代わりにビルヘルムの懐に潜り込みました。ビルヘルムが少し慌てたように息を吸い込んだが、ラインハルトにとってそこはとても暖かかった。

ビルヘルムは気絶したラインハルトをそのままルーデンに連れ帰った。本人も満身創痍だったが、それでも四日間眠り続けたラインハルトの傍を離れなかった。

「ずっと傍にいなくても良かったのに…」

「……信じられなくて。夢を見たような気がしたんです。その……あなたが」

「私があなたを追いかけたのが?」

「……はい」

ラインハルトも夢を見たと思ったが、まさかビルヘルムもだとは思っていなかったので、ラインハルトは笑ました。ラインハルトの怪我は思ったよりも軽く、凍傷以外は問題なかった。ただし、手足の爪が剥がれて、足の指が一本折れていたので暫くは安静が必要でした。

「俺のせいで……」

「ビルヘルム。これからはそんなこと言わないで」

「でもラインハルト」

「”でも”も禁止」

それでもまだビルヘルムは自分のせいだと話しました。フラン山脈にラインハルトが来ることになったのも自分のせいだと。

ラインハルトは「そもそもフランの竜が死んだせいだし、そしてそれはあなたが私を愛するようになったので私のせいだし、もっと遡れば私が生まれたせいね」と言ったところでビルヘルムが「ラインハルト」と名前を呼びました。

「これからあなたが自分のせいにしたら、それは私が生まれたせいという意味で理解するから」

「だけど俺が…」

「“だけど”も禁止。それと私の前で俯くのも禁止」

「……ラインハルト」

「ビルヘルム、私が怪我をして不便なのは、今あなたを引き寄せて口付けできないことだけ」

ラインハルトの言葉を聞いたビルヘルムは顔が真っ赤になったり真っ青になったりしました。その様子を見て可愛いと思いつつ、ラインハルトは「その前に、私を許して欲しいの」と切り出します。

「もちろんです、ラインハルト。俺のせいで」

「…………」

「……えっと、すみません」

「すみませんも禁止。同じことを言うなら早く口付けて」

ビルヘルムは立ち上がってラインハルトに顔を寄せた。しかし、重なる前にドアの外から大きな泣き声が響きました。

「マルク!嫌い!ママァ!!!!」

ラインハルトは仕方なくビルヘルムにローブを取ってと言うと、ビルヘルムは素早くラインハルトに口付けを落とし、微笑みました。

「あなたを許すなんて。そもそも憎んだことなんてなかったのに」

そういう問題じゃない。そう言いたかったのに、その前に扉が空いてビアンカが飛び出してきました。その後に続いたマルクとリオニは目を覚ましているラインハルトを見て「目が覚めたんですね」「大丈夫ですか?」とそれぞれラインハルトに声をかけます。

ビアンカがラインハルトのそばに行くためにベッドを苦労してよじ登っていると、ビルヘルムがビアンカを抱き上げて「無理に登ると怪我をする」と言いました。

その様子を見て、ビルヘルムを知らないリオニは「娘を大切に思ってるんだ!」と感激し、逆にマルクは目を尖らせました。

ビルヘルムの「怪我をする」という言葉はラインハルトに向けられての言葉でしたが、リオニもマルクもそれを理解出来なかった。ビアンカはその微妙な言葉の意味をなんとなく感じとったものの、3歳児には理解することができず、やがて大きな声で泣き出したのでビルヘルムは笑いました。

開いた扉の傍にはビロイがいて、ラインハルトはあまり動かない手を伸ばしました。ビロイは躊躇いつつベッドに近づき、ラインハルトの腕を抱きしめます。

「ごめんね。ごめんね、ビロイ」

ビロイは何の事かわからず首を傾げたが、マルクによって抱き上げられたビロイはベッドの上に座りました。ビアンカは大声をまた上げようとしたが、ビルヘルムによって止められ、リオニとマルクはビアンカを連れて部屋を退室し、ラインハルトはビロイを抱きしめて泣きました。

関係の修復

信号弾を見つけて駆けつけたのはヨナスでした。ラインハルトが消えて気絶寸前だったが、信号弾を見つけてエゴンより先に到着しました。しかし、ラインハルトに自分のマントをかけたエゴンに対してビルヘルムは労いの言葉をかけましたが、ヨナスに対しては「やはり目玉を抉っても良かった」と呟くのを聞いてしまいました。

マルクは怪我をしたまま気絶したラインハルトを見て泣いたが、雪山でマルクまで気絶するわけにはいきません。帰路、あれだけ吹雪いていた雪嵐はすっかり止んでいて、溢れていた魔物も消えていました。

「一体どんなドジをしたら剣を手で掴むなんてことするんですか?」

シエラは医者を捕まえてラインハルトの部屋に突撃していました。ラインハルトの手のひらは骨が露出するほど深く傷つき、色も黒ずんでいました。それでも、ラインハルトは「手足がついているだけでも幸いよ」と笑いました。

ラインハルトが自分で思ったより軽傷だったのは、自分にマントなど防寒具を用意してくれたシエラのおかげだった。

「何か欲しいものはありますか?」

「素直に聞かれると、本当は領地を半分って言いたいところですが…では、慎み深く優しい美男がいたら紹介してください」

「ルーデンの騎士の中にいるならとっくにグレイシア卿が見つけてると思うけど」

「騎士の端くれは汗くさいから嫌いです」

「自分にも当てはまるんじゃ」

そこへ扉をノックしてヘイツが入ってきました。ラインハルトの不在の間はルーデンの管理をしていましたが、ラインハルトがいるなら決裁はラインハルトがすべきだと、こうしてラインハルトの元を訪れるようになっていました。

そうしてヘイツがラインハルトに対して領地のことに関する不平不満を言う間、シエラはヘイツを見つめたあと、ラインハルトに顔を向けます。二人の間では、「未婚ですか?」「難しいと思うけど。好きな人がいるの」といった無言の話し合いが行われました。意味のわからないヘイツは顔をしかめるだけでした。

ヨナスもヘイツも苦労人気質ですね…

ヘイツに好きな人がいてもシエラは気にせずにどんどんアピールをしそうです(笑)

ビルヘルムは訓練所に座り、訓練する騎士を眺めていました。なぜいるのかわからない騎士たちは訓練所を離れ、残ったのはディートリッヒをはじめとする数人だけでした。

追い出してほしそうにディートリッヒの元に来た騎士を、ディートリッヒは笑って逆に騎士を追い出しました。ディートリッヒには、まだ記憶がぼんやりしているが、ビルヘルムがなぜああしているか理解できたから。

ディートリッヒはビルヘルムに何をされたのかは理解しているが、ビルヘルムに対して憎んだり怒ったりという気持ちはありませんでした。

ディートリッヒは何も言わなければビルヘルムはこのまま立ち去ると思って、訓練用の剣をビルヘルムに投げて渡しました。

「私の記憶は完全ではありませんが、立派な騎士として学んでいます。陛下は帝国一の剣とお聞きしたので……」

「あなたが教えてくれた」

ディートリッヒもその事は知っていたが、ビルヘルムが自分で言うと思いませんでした。二人は剣を取り、接戦の末に、ビルヘルムが勝ちました。自分を見下ろすビルヘルムを、ディートリッヒは見上げて笑い、「起こしてください」と言います。

ビルヘルムは暫く黙った後に手を差し出したが、ディートリッヒはその手を掴んで足までかけて引き倒しました。呆然とするビルヘルムの顔を見て、大目に見てあげようと思って、ディートリッヒは笑います。

「私は悪い大人なので謝罪を受けて許すより、復讐する方が性に合っています。だからこれでおあいこにしましょう、陛下」

「……それでいいのか?」

「良くなかったらどうするんですか。首でも締めろって?私は自分の妻を未亡人にしたくありません」

「……俺が嫌いなのでは?」

「いいえ、大嫌いです。けど、どうしようもない。私があなたを憎み続けたら何か変わるのですか?そうではないでしょう。あなたは皇帝陛下で、私はルーデン大領主様という大きな木の下に隠れるウサギです。だから、私は小さな復讐で満足します」

「それに、私が仕えている方があとは上手くやってくれるでしょう」と続けると、ビルヘルムの顔が変わりました。本当にわかりやすい人だと思い、ディートリッヒは、ビルヘルムが苦労している間に自分は愛する妻と楽しく過ごしたのだという自慢話をしました。

「……やっぱり俺はあなたが嫌いだ」

ビルヘルムはラインハルトに言われて謝罪しようと訓練所に来ていました。その事を理解したディートリッヒは、「閣下の傍には私がいつもいるので、私の顔をちゃんと見てくださいね」と言うと、ビルヘルムの顔が崩れて、ディートリッヒは遠慮なく笑いました。

交渉

ラインハルトは3ヶ月経過してようやく動けるようになりましたが、更に季節が過ぎて夏になった頃にようやくルーデンからオリエントに拠点を移しました。ビルヘルムはラインハルトがオリエントに来るまで首都とルーデンを頻繁に行き来していたので、「皇帝がそんなに来てどうするの」と注意したものの、ビルヘルムは行き来を辞めなかったし、ずっとラインハルトのそばに居たがりました。

オリエントの暖かい天気の日、ラインハルトは外に出ていました。手がまだ動かせず、ティーカップを持ち上げる時も手が震えてしまうラインハルトの代わりに、ビルヘルムがその手足となって動きました。

「冬には首都に行くわ」

ビルヘルムの不満げな目がラインハルトに向きました。久しぶりに庭に出たラインハルトは、外の風がまだ寒いとして自分の座る席を敷物を敷き詰めたリオニに表情で抗議したが、ビルヘルムは自分のコートでラインハルトを覆い、それでも足りずに自分でラインハルトを抱き抱えたまま座っている状態だった。

「あなたの膝に座ると風が止むの?」と聞いたけど、「椅子が冷たいから」と返されてしまい、このような状態になっていました。

ビルヘルムの灰色に色褪せた瞳は元の真っ黒な色に戻り、それが不思議でラインハルトは度々ビルヘルムの瞳を覗き込んでいましたが、今は見てはいけないと事をラインハルトは理解していました。

「その他の季節にも月に一度」とビルヘルムが提示します。

ヘイツが「帝国史上最も激しい交渉」と皮肉ったが、ビルヘルムとラインハルトはこうしてお互いが今後どれくらい顔を合わせるかで激しい議論を重ねていました。大半はラインハルトが言葉を投げかけ、嫌がったビルヘルムがラインハルトの腰を抱いて頭を埋めることになります。

しかし、ラインハルトもルーデンの地を愛するようになっていたので譲れなかった。豊かなヘルカよりも、もしかしたらもっと。ルーデンを他人の手に渡したくなかった。

寒く、かつては貧しく、ビルヘルムに助けられた地。サラ婦人や、鴨を狩ってくれた警備隊長、わずか30人しかいなかった警備兵たち。そこから始まって、今では帝国でも高い位置にまでなったルーデンが、ラインハルトは手放せませんでした。そして、その気持ちをビルヘルムも理解していたので、「俺には帝位は必要ありません」と言います。

「一度もこんな席を希望したことはありません」

「ビルヘルム」

ラインハルトはビルヘルムの額に口付けを落としました。

「あなた以外は全部必要ありません」

「そうしたらまた私たちは過ちを繰り返すことになる」

ラインハルトはビルヘルムの首を引き寄せて口付けてから離れようとすると、ビルヘルムはそのまま近距離で囁きました。

「口付けをしたからと言って離れる必要はありませんよ」

「それなら様子を見てみましょう」

まともに体が動かせなかったラインハルトがようやく動けるようになったので、最近交渉が始まるとラインハルトがビルヘルムに口付けをして終わることが多かった。口付けて首を抱きしめたままベッドに倒れると、ビルヘルムは毎回誘惑に敗北したので、「今まで負け続けていたのに今日は勝てるの?」というラインハルトの挑発でした。

「ビルヘルム、私はあなたを愛してる。でも私のそばにだけいたら、あなたは永遠に不完全なままよ」

「いいえ、俺はあなたによって完全になります。ラインハルト」

「ならその子供のような言い方をやめてくれる?」

ビルヘルムは固く口を閉じ、なぜ自分をこんなに苦しめるかという訴えを顔いっぱいに浮かべました。

「あの雪山を登りながら思ったのだけど、あなたと私は最初から間違っていたの。あなたは私を神のように崇拝しているから」

前世のビルヘルムは肖像画のラインハルトを愛し、接した。ビルヘルムが描くラインハルトへの愛は信頼もなく、ただビルヘルムが追従するだけ。

「それが悪いことですか?」

「ビルヘルム、人間は神を理解しようとしない。神は一度も捧げものをするよう言ったことはないのに、人間が供物を捧げ、安寧を願った。私もそうだった」

「…………」

「私はあなたを子供や弟のようだと言ったけど、本当に姉弟なら愛に代償を課すのは不当でしょう?だから私たちがしていたのはお互いを愛という名前で欺瞞していただけ」

ビルヘルムの瞳が不安と寂しさで渦巻いていたが、ラインハルトは話をやめなかった。

愛の積み重ね

「私の父が戦争を終えた帰り道で汚い金髪の子供を拾ったのは、その子が自分を救ってくれると思って拾ったわけではない。私の父は長く続く戦争に疲れていて、帝国の孤児の最大の敵が自分であるということに耐えられなかったの」

「…………」

「蜂蜜を塗ったリンゴパイを召し上がって、その日に蜂蜜とリンゴパイを思い出す汚い子供を拾った。私は父のちょっとした気まぐれでラインハルト・リンケになった」

それはラインハルトがまだ幼い頃、暖かくして眠った夜、ふと目が覚めて自分のそばでその話する父親の声を聞き、ラインハルトは目を開けるかどうか迷った事を思い出します。

「侍女が護衛を雇ってくれて私はルーデンに旅立ち、あなたと出会って、拾った。ディートリッヒも、グレイシアの狐も、いなかったらここまでこれなかった」

「あなたも私と出会う前、あなたに小さな好意を与えてくれた人がいたはず。いくらあなたが強くても、幼い子供が山で生きる残るのは難しいでしょうから」

「私が生きていた瞬間ごとに、誰かの気まぐれや愛があった。私一人ではあなたに出会えなかった。ビルヘルム、私はあなたを愛してる」

「………」

「でもそれは私の人生に、小さくない愛と好意が積み重なったおかげだとも思う」

「ビルヘルム」

青年は彼女の髪にまっすぐな鼻筋をつけ、甘えるようにつぶやいた。

「……一時、完全なあなたが欲しいと考えたことがありました」

彼女はビルヘルムの首を抱え、彼の首筋に頭をつけた。青年も額を彼女の頭頂部に向けてささやいた。

「私に殻だけ持っても構わないかというあなたに、反抗心が起こったことが……いつもあなたのすべてを欲しかった、ラインハルト」

「………」

「そのためには、我慢しなければならないのでしょう……」

多くの愛を受けてきたラインハルトと違って、まだビルヘルムは他人の愛を感じ取る事が難しい。だからこそ、ラインハルトはビルヘルムに多くの愛を感じれるようになって欲しかった。

「あなたのそばでやってはいけませんか?」

「愛には責任が伴うの。為政者は一番多くの人を幸せにできる人でもある」

ラインハルトは自分が離れてもビルヘルムが自身の人生という庭園を豊かにできるようになって欲しかった。

「私たち二人が幸せならいい。死んだら全て終わり。そんな風に生きるのはやめましょうね、ビルヘルム。私は恋人が誰かに恨まれてるより愛される人であって欲しいの」

「……そうなったらあなたは俺をもっと愛してくれるでしょうか」

ビルヘルムの瞳には、不安や寂しさはなく、好奇心がありました。それは未来への期待だった。ラインハルトの心は喜びに満ち、返事の代わりにビルヘルムの顔に小さな口付けを浴びせた。

ビルヘルムは今回ラインハルトが怪我をしたことによって、更にアランカスの血が嫌になっていた。ラインハルトに傲慢な態度を取る事は、そのアランカスの血を誇示するようなものなので、皇帝だとしてもラインハルトには前まで通りの態度でいる事を願い、ラインハルトもそれがビルヘルムの愛ならばと受け入れました。

「愛しています」

「……そうだね。私もそうだよ」

「愛してると言ってください。 ずっと」

数千回の口付けが二人の間を行き来した。お茶はとっくに冷えていた。誰かがラインハルトのスカートの裾を引っ張らなかったら、2人はそのまま庭で日が暮れるまで座っていたかもしれない。

ラインハルトのドレスの裾を引っ張っていたのはオリエントに一緒に滞在しているビロイでした。

「ビロイ!いつ来たの?」

「さっき……」

ラインハルトは口付けを見られた事で恥ずかしくなったが、ビロイは特に疑問に思っていないようだった。ただ、まだビルヘルムが怖いようでラインハルトの裾に隠れようとするので、ラインハルトはビルヘルムの襟を引っ張りました。

ビロイはすぐにビルヘルムの手でラインハルトの膝に座ることが出来ました。冬の季節にはラインハルトが首都にいると聞いてビロイは喜びました。途中でビルヘルムが「俺に会いに来るんじゃ無かったんですか?」と言ったけど、ラインハルトは無視してビロイの額に口付けます。

「閣下、それでは首都によく来るのですか?」

「いいえ、お母様と呼ばないと」

ビロイか顔を真っ赤にして喜んだのを見て、ラインハルトはなぜこんなに簡単なことをもっと早くできなかったのかと残念に思いました。

「ではお母様、夏にも来てくれますか?」

月に一度は行くという話をビルヘルムとしていたので、それを伝えようとしたが、ラインハルトは一旦言葉を止め、首を傾げました。

「夏には僕の誕生日があります。ビビは誕生日はお母様と遊んだと言っていたので…」

断られると思って不安になっているビロイに、ラインハルトは驚いて「そうだね、ビロイが大人になるまで夏も首都にいるわ。夏の間中」と答えました。

ビロイが「本当ですか!」と喜び、ビルヘルムの口が少し開きました。判断が早計だったとサラ婦人に怒られるかもしれないけれど、子供の心の穴を埋めるためなら構わないとラインハルトは思いました。

首都の夏は暑いのでルーデンで一緒に過ごすのもいいかもしれない。美しい湖に行って水遊びをしたらどうだろう?そんな夏の計画を母子ふたりでしているのを、ビルヘルムは眺めました。

夏に誕生日を迎える子供のためにそんなことを言うなら、秋の誕生日の子供がいたら?という考えが頭をよぎったが、口に出すとラインハルトに怒られるのは分かっていたのでビルヘルムはそのままビロイを抱きしめるラインハルトごと抱き上げて笑いました。

いずれにせよ、皆が、以前よりも少し幸せだった。 マルクの懐から落ちたビアンカさえも。

4巻後編を読んだ感想

これにて本編完結です!長かった…!

まともな人間と関わらないまま人生を生きていきたビルヘルムにとって、人を愛することとは?という事を物語全てを使って学ぶという流れでしたね。

逆にラインハルト自身も、周りに愛されてきたからこその傲慢さがあったので、何度も間違えながらようやく答えに辿り着くという…

この物語は二人の成長譚なのだと思いました。

二人の関係が地獄のどん底すぎて途中「本当にハッピーエンドなの?」と読んでいる時に物凄い不安になっていたりもしましたが、無事にハッピーエンドを迎えられてよかったです。(ネタバレ記事を書いているときはすでに読むのが二週目なので比較的落ち着いています)

次は同じ4巻に収録されている外伝になります!

次回の更新はtwitterにてお知らせします!

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いり
異性愛・同性愛に関係なく読みふけるうちに気づいたら国内だけではなく韓国や中国作品にまで手を出すようになっていました。カップルは世界を救う。ハッピーエンド大好きなのでそういった作品を紹介しています。

POSTED COMMENT

  1. ぴーちゃん より:

    いり様の翻訳にハマり
    毎日相変わらずチェックしにきています(笑)外伝も楽しみに待っています♡幸せになった2人のその後かなぁ♡マンガより断然深く私はいり様の翻訳の方が好きです。

    • いり より:

      ぴーちゃんさんコメントありがとうございます!
      毎日チェック…続いていましたか…!私がこの返事を打っているのが3月なのでとてもお待たせしてしまっている…!更新早めに頑張りますね!
      私の翻訳(翻訳とは少し違いますが…)が好きと言って頂けて嬉しいです!!

  2. 猫のリリィ より:

    もちろん いり様の翻訳と交互に読みながらLINEまんが読んでいきます♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡

    • いり より:

      猫のリリィさんコメントありがとうございます!
      気絶(昼寝)ww
      LINEマンガもどういう感じで進んでいくのか楽しみですね!交互に読んでもらえて嬉しいです^^

  3. 猫のリリィ より:

    いり様 ありがとうございます。
    本編読めて、安堵のため放心しながら気絶(昼寝)です。外編も読みたいけどハッピーエンド確認できたのでLINEまんか最初から味わいながら熟読します。あ〜〜良かった。んふふん。

  4. 匿名 より:

    いりさん更新ありがとうございました(*^^*)最高に幸せな気分です。ビルヘルムの気持ちと一緒に嬉しくて何度も読み返しています。(子供達の顔は想像出来ますがシエラはどんな感じかなあと思いながら,,,)外伝も楽しみですが読了ロスが今から心配(笑)です。でも本当にありがとうございます。

    • いり より:

      匿名さんコメントありがとうございます!
      シエラの顔…確かにどんな感じなんでしょうね…確かに気になる…
      最初は印象があまり良くなかったシエラも、なんだかんだいい感じに場面を動かしてくれて憎めないキャラクターでしたね(笑)

  5. こむぎ より:

    いりさーん!ありがとうございます!
    今読み終えて、なんか涙が止まらないです…途中読むのが辛かったけど、いりさんがハッピーエンドだって言ってたから信じて読み続けて良かったぁ( ̄^ ̄゜)

    • いり より:

      こむぎさんコメントありがとうございます!
      本編完結まで信じてついてきてくれてありがとうございます!!

  6. ぴーちゃん より:

    更新ありがとうございます!この日を待ってました。なんかいいですね〜やっとやっとハッピーな感じで嬉しくなりました!外伝もめちゃくちゃ楽しみです!また毎日チェックしにきちゃうんだろうなぁ(笑)
    りりぃさん、本当にありがとうございます♡

    • ぴーちゃん より:

      お名前間違えてしまい失礼致しました!いりさん!
      いりさん、ありがとうございます♡です!

      • いり より:

        ぴーちゃんさん、コメントありがとうございます!
        名前の件は全然大丈夫です!w
        毎日チェック…!それなのにお待たせしてすみません!ただいま外伝の更新準備に入ったのでもう少しだけお待ちください…!

  7. なつはる より:

    更新ありがとうございました!
    幸せな2人と子どもたちを見れて本当に嬉しいです!本当によかった…!!
    わかりやすい、読みやすい翻訳をありがとうございます。
    いりさんの更新を励みに毎日頑張れました。外伝も楽しみです!いりさんのペースで、またの更新楽しみにしています。

    • いり より:

      なつはるさんコメントありがとうございます!
      読んだ人ができるだけ理解しやすいものを目指して記事作りをしていたので、読みやすいと言って頂けてとても嬉しいです!外伝の更新準備も進めていますので、また更新されたらよろしくお願いします^^

  8. 猫のリリィ より:

    そう言えば1月1日の事があったと以前おききしました。
    気長に待っています。自分の気持ちばっかり優先してて反省です。(>人<)

    • いり より:

      猫のリリィさんコメントありがとうございます!
      1/1のことはびっくりしたものの、私自身や家族には影響はなかったので大丈夫ですよ!お気遣いありがとうございます。
      コメントいつも嬉しいです!!

  9. 猫のリリィ より:

    1月14日以降後半の中身を見ずに2月に入り追記に気がつきました。アホなわたし〜。でも、いよいよですね。いり様大好きです❣️漫画読もうとおもったけど2人が幸せになれるのがわかるまで頑張るぞ!!!

  10. ぴーちゃん より:

    この続きが読みたくて毎日チェックしています〜更新が待ち遠し過ぎてどーにもいきません(笑)

    • いり より:

      ぴーちゃんさんコメントありがとうございます!
      毎日チェックしてくださっていたのにお待たせしてしまい申し訳ありません!
      「わかりやすい」という言葉がとても励みになります!本日の更新で本編完結となりましたのでまたお時間ある時に読んでみてくださいね。

  11. ぴーちゃん より:

    始まりは漫画でしたが、漫画だとハテナ?な箇所があったものの、いりさんの翻訳の方が細部のきめ細やかな表現がありわかりやすく納得のいくもので、
    小説としてとても面白いなと思いました。更新が待ち遠しくてなりません。いり様、お忙しいかと思いますが、是非ぜひ完結までの更新お願い致します、楽しみにしています♪

  12. かめかめ より:

    これ、ほんとにおもしろいね。とても読みやすいです。ありがとう

    • いり より:

      かめかめさんコメントありがとうございます!
      読みやすいと言ってもらえて嬉しいです!記事を読んでくださりありがとうございます!

  13. 匿名 より:

    更新ありがとうございます!
    日本語でこんなに詳しく読めるとは感激してます。

  14. ユウ より:

    スタートは漫画でしたが、途中から漫画が読むと心が痛くて、今とりあえず首を長くしてこちらの小説を読んでいます。よい結末を迎えてたら、また漫画を読みます。
    いつも、更新に♪感謝☆(人゚∀゚*)☆感謝♪

    • いり より:

      ユウさんコメントありがとうございます!
      辛い展開だと読み進めるのがしんどいですよね…。本日の更新で本編完結となりましたので、どうぞ二人の行く末がどうだったのか確かめてみてください!

  15. 猫のリリィ より:

    いり 様 
    翻訳更新してくれて、ありがとうございます。ビルヘルムにベタ惚れのため、途中から気持ちがえぐられマンガも読めなくなっていました。
    毎日首を長くして待ってました。ハッピーエンドといり様から情報いただいて持ちこたえています。
    感謝してます。

    • いり より:

      猫のリリィさん、コメントありがとうございます!
      今日の更新で本編完結にたどり着きました!ようやく二人の関係が落ち着きましたので、ぜひお時間ある時に読んでください!

  16. SUI より:

    待ってました〜!更新楽しみすぎて毎日訪問してました、ありがとうございます!!!ドキドキが止まりません。
    そして結婚商売も先日漫画で読み終えたので、小説の翻訳も追いかけたいと思います!

    • いり より:

      SUIさんコメントありがとうございます!
      毎日…!?訪問してくださってありがとうございます…!
      結婚商売面白いですよね!小説の読了もお待ちしております!

  17. みいしゃ より:

    いりさん
    あけましておめでとうございます。
    更新ありがとうございました。なかなか簡単にはビルヘルムに追いつけませんね。それがかえってわくわくしますが。(笑)ラインハルト男並みにもたくましいですよね。
    最近は結婚商売も読ませていただきいりさんのお陰で生きる楽しみが増えました。ありがとうございます。

    • いり より:

      みいしゃさんコメントありがとうございます!
      ラインハルト確かに逞しいですよね…!
      結婚商売も読まれましたか!ようこそ!作品のファンを増やすことが私の目的なのでとても嬉しいです!

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