原作ネタバレ

「元夫の番犬を手なずけた」韓国の原作小説ネタバレ感想 |3巻・後編

コミカライズ連載している「元夫の番犬を手なずけた」の韓国原作小説を読んだのでネタバレ感想を書いていきます。韓国語は不慣れなので翻訳が間違っていることもあります。

(間違っているところを見つけた場合はtwitterのDMでコッソリ教えてください…)

元夫の番犬を手なずけた(전남편의 미친개를 길들였다)

原作:Jkyum

14.底なし沼

ラインハルトが首都を去って4年の歳月が経ちました。

季節が巡り、ビルヘルムは23歳になりました。ビルヘルムは3年の間戦争に明け暮れ、敵国がいなくなると今度は狩猟によってその乾きを満たそうとしました。

そんなビルヘルムに、皇帝は帝位を譲ろうと6回も話をもちかけましたが、全て断られました。そんなやり取りを繰り返してきた皇帝は、ビルヘルムに一泡吹かせるために「ルーデン領主がエルンストの次男との間に産んだ子供だが、その容姿は黒髪黒目である」と教えました。

皇帝はビルヘルムが譲位を拒否するので、ルーデン領主が産んだのがビルヘルムとの子供なら、その子供に譲位すると話します。もちろん子供に譲位はできないのでビルヘルムとラインハルトを繋ぐための言葉に過ぎませんでした。鑑定士を送るのでビルヘルムもルーデンに行って確かめて来いと皇帝は言いますが、ビルヘルムは「行けません」と答えます。

「お前の子供だとしても?」

「そんなことは関係ありません」

皇帝は自分の子供に関心を向けないビルヘルムに怒りたくなったけど、ビルヘルムには子供よりも優先するべき事があります。ビルヘルムの絶対はラインハルトで、ラインハルトが扉を開けてくれない限り、ルーデンには行かないとビルヘルムは決めていました。

ラインハルトは「すぐに戻ってくるから待っていて」と言い残して首都から去った。ビルヘルムはその言いつけを守らず自分がルーデンに押しかけた事への罰を受けていると思っていた。また理由をつけてルーデンに行くと、今度こそ永遠に戻ってこないかもしれない。それがビルヘルムには怖かった。

皇帝がラインハルトに子供を渡すよう書簡を送ると、ラインハルトがそれを承諾したので、皇帝は子供を連れて首都に来るよう命じます。ラインハルトはそうして首都を訪れることになりました。

ラインハルトがなぜ自分の元に戻ってこないのか、まだビルヘルムは理解しきれていない状態ですね…。

ビルヘルムはラインハルトが3日後に首都に来ることを聞くと散髪し、自分の服を新しく用意するよう侍女に指示を出しました。騎士のエゴンに昼食会を用意するように指示も出しますが、エゴンはその昼食会が和気藹々とした食事にならないのは目に見えていたので、「今回は突然なので…ルーデン大領主にとって満足できる食事会にはならないはずです」と伝えました。

「なら代わりにプレゼントを用意しろ」

「…..プレゼントというのは」

「何でも最高のものを。それと歓迎宮はもう一度点検するように」

一方ラインハルトは、水晶門を予定通り通過し、出迎えた馬車に乗り込みました。子供を抱えていたディートリッヒが馬車を見つめる子供に向かって「坊ちゃんが閣下を守らなければなりません」と囁くと「うん」と子供は答えました。

そうしてラインハルトが首都へやってきた当日。ビルヘルムはラインハルトが到着したことを聞き、栄光のホールでラインハルトを出迎えました。栄光のホールは人払いをしており、ビルヘルムとその護衛にヨナスだけが控えていました。

ラインハルトはホールに足を踏み入れ、かつての事を回想しそうになったけど、後ろにいる子供が緊張した息遣いをしながら「かか」と呼んだので、ラインハルトはそのまま歩みを進めました。

いちばん高い席で座っていたビルヘルムは記憶よりも大きく、鋭くなっていました。

「ライン」

ビルヘルムが立ち上がってラインハルトの方へ歩いてくると、ラインハルトはその場で片膝をついて「皇太子殿下にお目にかかります」と挨拶をしました。

ラインハルトはそのまま頭を下げながら立ち上がり、「名前はビロイです」と子供を紹介します。ディートリッヒがビロイに「坊ちゃん、お父様ですよ。アランカスの皇太子殿下でもあります」と話しかけ、ビルヘルムの前に来て「抱いてみてください」と言いますが、ビロイはディートリッヒの服をつかみながら小さな声で「いいえ」と呟きました。

ビルヘルムはディートリッヒに「出ていけ」と命じ、ヨナスにも同じことを命じます。ヨナスが「警護の問題で席を外すことはできません」と答えましたが、「お前を殺す前に出て行け」と言われ、ヨナスは栄光のホールを退室しました。

「ちょっと外に出ていなさい、ディートリッヒ」

「坊ちゃんはどうしましょう」

「子供にとって良い経験ではなさそうだから、一緒に連れて行って」

二人きりになったホールの中で、ラインハルトはビルヘルムに「生きている間、人に失望することは無いと思ったのに。面白いですね」と話しかけました。

エゴンなどの他の騎士はホールの外で待機していました。ディートリッヒもホール入室時にエゴンから入室を断られていましたが、ラインハルトはそれを無視してディートリッヒを連れて栄光のホールに入っています。

ビロイはラインハルトに全く似ていませんでした。ビルヘルムに初めて会った時のことを思い出すので、ラインハルトはまともに接することが難しかった。

しかもビロイは他人を嫌がり、ラインハルトがいないと泣き出してしまうので、その強い執着が更にビルヘルムを思い出させました。子供が自分にしがみつく度にビルヘルムを死ぬほど憎み、同時にラインハルトは死ぬほどビルヘルムに会いたかった。

子供が大きくなるとディートリッヒとリオニに懐きましたが、それ以外の人のことは嫌がっていました。ビロイは「お母様」と呼ぶことをラインハルトが嫌がっていることに気づき、ラインハルトを「かか」と呼ぶようになりました。(ディートリッヒたちが使う「閣下」を言おうとして、舌足らずで言えないため)

そのあと、ビロイがよく使うようになった言葉は「ちがう」で、これもまたビルヘルムを思い出させて、ラインハルトは苦しみました。そんな時、皇帝からの書簡が届き、ラインハルトはビロイをいっそ渡してしまおうと考えました。

自分が産んで乳を与えて育てたのにも関わらず、辛かったし、そう思ってしまう自分自身も殺してしまいたかった。ラインハルトはこの大きくのしかかるものから解放されたかった。

しかし、そうして栄光のホールに来て、ラインハルトは自分の認識が間違っていたことを実感しました。騎士に冷たく命じるビルヘルムを見た時、ラインハルトは理解しました。ビルヘルムに冷酷な面があるのは知っていたけど、それは自分が彼を壊してしまったからだと思っていました。

だから、それごと愛そうと思った。危険なところは一時的なもので、少年の頃の純真なビルヘルムこそ彼の素顔だと思っていたから。

だからこそラインハルトは長く苦しんだのだが、騎士に冷たく振る舞う姿を見て、その認識が間違っていたのだと気づきました。

ラインハルトと同じように二度の人生をビルヘルムは生きてきた。ドルネシアに虐待を受けて世の中の残虐なことを全て経験し、自分の手に血を染めることなくドルネシアにミシェルを殺させた男。しかし、ビルヘルムはラインハルトの前では幼い犬のように無邪気に振る舞い、ラインハルトの前では爪を隠してきた。

ラインハルトの中で見てきたビルヘルムは虚像だったのだと知って、ラインハルトは顔を上げて真っ直ぐビルヘルムを見ました。

「私がたとえ殿下の子供を産んだとしても、今はただの臣下です。昔の恋人のように振る舞わないでください」

「どうしてそんなことを言うんですか、ラインハルト。すぐ戻ってくると言ったのにあまりにも長くかかったじゃないですか」

ビルヘルムはラインハルトの手の甲に口付け、そのままラインハルトの手首を掴んだ。

「大丈夫です。理解しています」

「……ビルヘルム!」

「ああ、やっと俺の名前を呼んでくれた」

そのまま抱きしめられ、ラインハルトは腕から抜け出そうともがくけど、力が強くて全く動きませんでした。

「こうなると思ってみんなに出て行けと言いました。痩せすぎです、ラインハルト。オリエントじゃなくて寒いルーデンにいるなんて」

「放して!」

ビルヘルムはラインハルトの言葉に従って腕をゆるめました。ラインハルトはビルヘルムから距離を取り、グレンシアの戦争でなぜディートリッヒを助けに行かなかったのか尋ねました。

「証言を聞きました。ディートリッヒの元に行かなくてはならない日、殿下は日が沈むまで出発しなかった。殿下が行かなかったらディートリッヒの部隊が死ぬのは明らかだったのに」

ビルヘルムの顔つきが荒々しく陰険なものに変わり、「ディートリッヒ。またその名前ですか」と言い放ちます。

「本当に嫌だ。こうなるとわかっていたら、本当に殺してしまえば良かった。それなら悔しくなかった」

ビルヘルムはディートリッヒの出ていった扉を睨んだ。

「俺はディートリッヒを殺していません。本当に殺したかったです。でも殺さなかった。言ったでしょ。俺はあなたに嘘はつきません」

「……何のために!」

「生きてるじゃないですか!外にいる!あなたについてきたじゃないですか!俺は殺さなかったんです!」

「言葉遊びしないで!あなたはディートリッヒを死の前に放置した!」

「放置したのが問題でしたか?」

黒い目が細めて、ビルヘルムは後ろで腕を組んだ。その威圧的な態度にラインハルトは怯んだけれど、そんなラインハルトの様子に気づいてもビルヘルムは態度を崩すことなく皮肉げに「はい、放置しました」と言葉を続けました。

「俺は嘘はつかないので話します。そうですね。あの日、俺はディートリッヒを助けに行きませんでした。わざと行かなかったんです。最初から行くつもりはありませんでした。俺は」

その言葉を聞いて、ラインハルトは息が吸えなくなり、咳をしました。ビルヘルムがすぐに屈んでラインハルトに手を伸ばしたが、ラインハルトはそれを手で払いのけました。

「私を騙した」

「……ラインハルト」

「もう何も言わないで。あなたの素顔はもうわかった。これ以上聞きたくない」

「ラインハルト」

「呼ばないで!」

ラインハルトは時折、ビルヘルムに感じていた違和感をようやくここで理解しました。ビルヘルムはラインハルトを愛して望みを叶えるために動くけれど、それは「ラインハルトが望むこと」ではありません。

「ビルヘルム・コルーナ・アランカス。あなたもアランカスね。憎らしいアランカスの血を引いたのだから裏切りも当然ね。ガッカリなんてしない。受け入れるわ」

「ラインハルト」

だから殿下、とラインハルトは話を続けた。

ラインハルトは唇を噛んだ。唇が白くなり、血が出た。血の味が口の中に染み込んだ。涙を出さないようラインハルトは目を見開いた。涙が流れないことを願った。せめてこの男の前では。

「どんな理由があっても私の目を隠そうとしないでください。あなたに適当な理由があっても、それはあなたのことであり、私のことではない」

「………」

「子供はあなたにあげます。彼もアランカスの血だから」

ラインハルトの言葉は、アランカスの血を引く者は自分のそばに一時も起きたくないという意味を持っていました。

「だから、これからは私を呼ばないでください」

「嫌です」

「………」

「ディートリッヒのせいですか? 」

「………」

「言ってみて、ラインハルト」

ビルヘルムはラインハルトが近づき、気づけばラインハルトの首と腰に腕が回っていました。

「あの男がもう終わったから幸せに生きようと言いましたか?」

「放して」

ビルヘルムはラインハルトの額に自分の額をつけながら、「外にいる男がなぜ生きているのか考えてみてください」と話しかけたが、ラインハルトは「放して」と言います。

「本当に殺してしまいたかった。でも殺しませんでした。手もつけなかった。なぜだと思いますか?あなたが悲しむに違いないと思ったからです」

「お願い!ビルヘルム!」

「お願い。お願いって言ったんですか?俺がルーデンの城門前で懇願した時は聞かなかったのに」

ビルヘルムはラインハルトの首を掴んだ手に力を入れた。

「あなたは約束を守らないのに。なぜ俺があなたと言うことを聞かなければなりませんか?俺が今あなたを放せば、俺が得るのは喪失だけです」

ビルヘルムはラインハルトを抱きしめ、首筋に頭を埋め、「もうあなたの言うことは聞きません」と言いました。

二度目の人生を送るビルヘルムにとって、ディートリッヒは大きな障害物でした。終戦近く、ビルヘルムは自分の血統を利用してラインハルトに兵力と権力を捧げるつもりでしたが、それにはディートリッヒが邪魔だった。グレンシアはビルヘルムよりもディートリッヒと取引を進めるだろうから。

一度目の人生の時はディートリッヒはラインハルトの周りには臣下がいたので、彼女を助ける必要がなかったためそばにいなかった。だからディートリッヒをビルヘルムは知らなかったが、今回の人生ではディートリッヒこそが一番の障壁だった。

ディートリッヒを殺すタイミングは戦争の中で多くあったが、その度に葛藤し、躊躇してきた。前世のラインハルトの憎悪がビルヘルムに向けられることを恐れたのもあり、また、ディートリッヒを殺そうと思うと妙に動きが鈍くなる自分がいたから。

ディートリッヒに頭を撫でられた時に、胸が熱くなる時があった。それが何なのか分からないまま、ビルヘルムは理由をつけて支援軍の出発を遅らせました。

ビルヘルムは知らなかった。ディートリッヒを助けていたらラインハルトがどれほど喜ぶのかを。ビルヘルムが考えるラインハルトの喜びは、たたミシェルの死についてだと思っていたから。

そうしてディートリッヒの訃報を聞いた時、ライバルが消えてた事に喜びを感じ、その胸に小さな痛みが伴ったことにビルヘルムは気づかなかった。

そうしてビルヘルムは兵力と権力をラインハルトに捧げ、ドルネシアを利用してミシェルを殺しました。前世のラインハルトのようにもっと時間をかけて正道の復讐を果たすこともできたが、それには時間がかかるので選ばなかった。

そうして獣は主人を尊重せず愛した。
しかし、主人を尊重しない盲目的な獣の結末は一つだけだった。
飼い主の言うことを聞かない犬は捨てられる。
その当然の事実をビルヘルムは知らなかった。

いくらもがいてもビルヘルムの腕からは抜け出せなかった。ビルヘルムがラインハルトの左頬の傷に口付けしようとしたので、ラインハルトは首を捻って避けます。

「私が今あなたの顔に唾を吐かないのは、復讐を果たしたあなたに最低限の礼節を守っているからです。あなたも礼儀を弁えて」

「大丈夫です、ラインハルト。俺を憎んでも唾を吐きかけても、あなたがやってくれるなら。俺の息の根を止めてください。俺を見つめてくれるなら何でも大丈夫です」

ラインハルトの手を自分の首に導きながらそういうビルヘルムに、ラインハルトは「狂った子」と言いました。

「放して、ビルヘルム。あなたが望む子は外にいるでしょ」

「子供を俺が望む理由がありますか」

「………」

「そういうのは前世にもありましたが、俺はそれを愛したことはありません」

前世でビルヘルムとドルネシアに肉体関係があることは感じ取っていましたが、まさか子供まで出来ていたとは思わなかったラインハルトは驚きました。ラインハルトでさえ気味が悪いと思いながらもビロイを結局愛してしまったのに、ビルヘルムはそうではなかった。

思わず首に力が入るが、ラインハルトはこのままビルヘルムを絞め殺しても自分が逃げることはできないと直感しました。そうしてビルヘルムが下げているリンケ侯爵の剣に手を伸ばし、衝動的に自分の首を斬った。まさかラインハルトが自分自身を斬るとは思わなかったビルヘルムはそれを防ぐことが出来ませんでした。

「ライン!ラインハルト!」

ラインハルトはうまく剣が扱えず、激痛が走ったが自死が不成功になったことを理解しました。血が流れる首筋を抑え、ビルヘルムは外で待機している騎士を呼んだ。血まみれになって倒れているラインハルトを見てディートリッヒは駆け寄り、ラインハルトを抱き抱えているビルヘルムに「閣下をこちらにください」と要求しました。

しかし、ビルヘルムはディートリッヒに渡さなかった。やがてラインハルトの手が力なく床に落ちて、彼女が気絶すると、ディートリッヒはガントレットをつけた手でビルヘルムの頭を思い切り殴りました。

すぐに騎士によってディートリッヒは拘束され、医者が部屋に飛び込んできました。消毒液が運び込まれ、医者がラインハルトの傷を抜い始めます。

自分の頭から血が流れたが、ビルヘルムは自分の手当よりラインハルトを助けることに専念しろと言いました。ディートリッヒは騎士によって外に連れ出されますが、ディートリッヒは退室前に、ビロイが外にいて母親の血なまぐさい場面を見せるとラインハルトが悲しむと主張しました。

ビルヘルムはラインハルトを眺めたあと、ディートリッヒを解放して子供と一緒にいさせるよう命じます。

いつも想い描いた女だった。彼女が横になっている姿などは数百回見て、数千回も頭の中で描いてきた。 例えば、とても幸せだったある秋の日のような時だ。

赤い屋根の屋敷。夜遅くまで眠っていた彼女を起こすためベッドに行くと、 ラインハルトは目を閉じて死んだように眠っていたが、人の気配を感じてかすかに笑う。細い首と裸の上半身。その恍惚とした光景を自分の手で起こさなければならないということだけがビルヘルムの唯一の憂事だった。

今、ビルヘルムの前で死体のように横になっているラインハルトの姿はあの時と同じだったが、全く違っていた。あの時の幸せだったビルヘルムが今のビルヘルムの中で狂ったように叫んだ。

お前のせいだ。お前のせいだよ。お前が全部台無しにした!全部台無しにしたんだ!

胸が苦しくなり、息が切れた。ラインハルトが死ぬかもしれない。ビルヘルムにはどうしたらいいかさっぱりわからなかった。

皇帝は報告を受けると歓迎宮に出向いてビルヘルムを殴りました。ミシェルでさえ一度も殴らなかった皇帝だったが、ついに忍耐力は底をつきました。

皇太子妃の冠を被るのは嫌がったとしても、子供を挟めば帝国に忠誠を尽くしてくれるはず。ビロイは帝国で3番目の大領地を背負った皇帝になるかもしれなかった。ラインハルトには大公の爵位を渡して義務として定期的に首都に来させればいい。そう思っていたのに、全てが消えてしまった。

悲惨な人生の中で、まともに人と接してこなかったビルヘルムには、どうすれば好きな人を喜ばせられるのかがわからないし、どうして悲しむのかもわからないのでしょうね…。

ラインハルトが四日後に目を覚ますと、すぐそばにはビルヘルムがいました。

「…ライン?ラインハルト、起きましたか」

顔を背けたくても首の傷があってできなかったので、ラインハルトはただ目を閉じました。

「ラインハルト、すみません。あなたか怪我をするのを見て俺は、いいえ、俺の心なんて関係ない。もう二度とこんなことをしません。どうか目を開けてください。おかしくなりそうです」

ラインハルトはビルヘルムの言葉に答える代わりにビルヘルムがそばに居ることを拒絶しました。ビルヘルムは「回復した後に来ます」と言うので、ラインハルトは「来ないでください」と返します。

「…ライン」

「そう呼ばないでください」

「ごめんなさい、ライン」

「その言い方もやめて!」

ラインハルトは耐えきれずに、痛みも我慢して体を起こした。

「憎らしい。私を人として見てもいないのに、私の前で相変わらず子供のように振る舞うのね」

ビルヘルムの顔は絶望と不安と恐怖に染まりながらも、「怪我をしているから大声を出したら良くない」とラインハルトに言いました。

「近づかないで!出ていって!永遠に!」

こちらに手を伸ばすビルヘルムの手を拒絶してラインハルトは大声でディートリッヒの名前を呼びました。その瞬間、ビルヘルムの黒い瞳から大粒の涙がぽたぽたと流れ落ちます。

ビルヘルムがラインハルトの目の前で泣くのは初めてだった。魅惑的な顔から流れ落ちる涙に、ラインハルトは思わず視線を奪われました。

「ラインハルト、ごめんなさい。許してください…」

ラインハルトの心の片隅には、まだビルヘルムを愛する心が残っていました。弱い姿を見せれば、ラインハルトがビルヘルムに持っていた心を刺激できるのを、きっとビルヘルムはわかっているからこそ、このような姿を見せるのだとラインハルトは思いました。

「あなたが死ぬと思って、俺は…」

「私が死んでこそあなたから離れられると前に言ったでしょう」

「俺が悪かったんです、ラインハルト」

ラインハルトは構わず自分の遺言としての言葉を続けます。ルーデンの大領地はそもそも自分のものではないので皇室に返却し、リンケ家は傍系を探して後継者に据えてほしい、と話します。

「あなたは死のうとしないで。私の後をすぐについてきたら、私は楽にはなれない」

「ラインハルト」

「ビルヘルム、私は自分が選んだのが英雄だと思った。私の代わりに復讐を果たし、私を幸運に導く英雄だと。でも私があなたを選んだのではなく、あなたが私を選んだ。あなたの好きなように復讐を終わらせて、私を裏切って騙した」

だから死くらいは自分で選択するのだとラインハルトは言いました。話し終えた途端、ラインハルトは自分の舌を噛んだ。

ビルヘルムがラインハルトの顎を掴んで無理やり口を開き、自分の指をラインハルトの口の中に入れました。容赦なくその指を噛んだが、ビルヘルムは手を引かなかった。

「どうか。どうかやめてください、ラインハルト!」

揉み合いはすぐに終わり、ビルヘルムは注意深く指を引き抜きます。ビルヘルムの泣き声を聞きながら、泣きたいのは自分の方だとラインハルトは思いました。

「私を放して」

「それは駄目です。俺にはできません」

「それなら私が死ななければならない」

「あなたを愛しているんです」

「愛してない」

「あなたは俺が子供のようだと言った。綺麗だと言ったじゃないですか」

「綺麗じゃない」

ラインハルトはうんざりしていました。復讐を願って、最後に残ったのは裏切りだった。父親がこの姿を見なくて良かったとむしろ思うほどでした。

手放すのか、ラインハルトが死ぬのか。その二択を迫られたビルヘルムは、やがて泣くのをやめて、「俺があなたの復讐を果たした者であることは疑いませんか」と尋ねます。

「……そうね」

「それならその報酬をください。一つには一つ。あなたが言ったことです」

「許しは二度としないと言ったはずですが」

「許しではありません」

「何をお望みですか。子供さえあなたに奪われたので私にはこれ以上差し上げるものがありませんが」

「いいえ、あなたがいます」

卑劣な要求だった。ラインハルトはしばらく黙り込んだあと、「三日の時間を差し上げます」と口を開きました。

「三日後には二度と私を探さないと約束するなら」

そうして三日間の報酬が与えられました。

ビルヘルムは三日なんて短い時間では到底足りなかったけれど、それがラインハルトに届く最後の時間であることを理解していました。

ラインハルトが首を切った時、ビルヘルムは喪失感を味わい、それから目を覚ますまでの四日間は地獄のような日々だった。ビルヘルムはいっそ自分の方が死んだ方がいいと思ったけれど、自分のいない世界でラインハルトが幸せになっているのを想像すると、それは難しいのだと思い直しました。

自分が死んだ世の中でラインハルトが再び誰かを愛して幸せになることけは我慢できなかった。この温もりを誰かが享受する想像を、彼はラインハルトを蹂躙しながら絶えず繰り返した。

両目を閉じたとしても、その想像を手放すことはできなかった。自分が抱いた女こそ自分のものであり、彼もまた彼女の捕虜だった。

ラインハルトに口付けし、抱きしめ、体を繋げても、ラインハルトは言葉一つ返さなかった。そうして三日間が過ぎ、ビルヘルムはラインハルトを抱きしめながら目を閉じました。次に目を覚ます時はもうラインハルトは居ないだろうけど、せめてこの温もりを覚えておきたかった。

夢を見た。
それでも、人生は終わらない。あなたの人生を生きて…
いつか彼女が言った言葉だった。
暖かい何かが頬をかすめた気がした。柔らかくてざらざらした、まるで唇のような…

そこで目を覚ましたビルヘルムは、部屋に自分一人だけになっていることに気がついた。腕の中にいたラインハルトの姿はなく、乱れたベッドと自分だけ。その瞬間、ビルヘルムはとてつもない喪失感を味わい、涙を流しました。涙を流しても、もうそれを見てくれる人はいないのに、体を丸めて涙を流し続けました。

その後、ビルヘルムは皇帝に引っ張り出されるまで一週間食事もまともに食べずそのまま歓迎宮に残り、皇太子宮に戻るとビルヘルムは部屋中の装飾品や家具を壊しました。しかし
その中で少女の肖像画だけが綺麗に飾られていました。

15.息を殺した獣は機会を掴む

ペルナハは辺境伯の爵位を引き継ぐために首都に訪れ、ついでに皇后の葬式に参加していました。アルジェンがペルナハの妹であるシエラの話を持ち出すと、ペルナハは頭痛に襲われました。

ペルナハの兄は死んでしまったので、次男であるペルナハは辺境伯の爵位を、妹のシエラは残りの名誉爵位をもらうことになりました。

ペルナハの妹であるシエラは、新年の宴会で、新しく皇帝に即位したビルヘルムに一目惚れをしました。ダンスを申し込んだが断られ、シエラはそのままビルヘルムの手首を掴んで引っ張った。その場でビルヘルムは剣を振ったので、シエラでなかったのら手首を切り落とされていたでしょう。

「二度と俺の体に触れるな」

私生児という出生のためからか、高位貴族は自分の娘を差し出すのを嫌がり、ほかの娘たちは時にはビルヘルムに果敢に挑むこともあったけれど、断られたり悲惨な目にあったりした。寝室に入り込んだ女もいたが、酷い結末だと言う話だった。

シエラはその後もめげることなく何度も謁見の申し込みをしたが、全て断られ、やがて首都への立ち入り禁止となった。

グレンシアでは野蛮族が居なくなったかわりに山脈から魔物が降りてきていました。同じようにルーデンでも魔物の脅威にさらされていたため、早くから手を取り合って戦っていました。元々私兵を貸した時からの縁でもあり、強固な信頼関係が築けていたが、それはシエラによって壊されてしまいました。

食事会の席で、ラインハルトにシエラは自分が聞いたビルヘルムとラインハルトの噂話が本当なのか好奇心が抑えきれずに質問しました。ラインハルトは答えることも不快感を示すこともなく「ペルナハ・グレンシア。私はあなたとの友情を大切にするので、今日の食事会はここまでにします」と答えました。

兄がいるから大目に見てあげる、そういう意味だった。シエラはその場で謝罪したが、同時にラインハルトを嫌った。領地に戻ったシエラは「どうせ私の魂は皇帝陛下が持っていったので結婚できない」という理由で領地戦をすると言い出し、シエラはルーデンの領地の一つであるナダンティンを攻めました。

攻められたナダンティンの領主はすぐにラインハルトに連絡し、ラインハルトからの手紙でシエラがどこに攻め込んだのか知ったペルナハは真っ青になりました。

「ペルナハ・グレンシア。グレンシアとルーデンの友情を二度も試して頂けて幸いです。三度目はありません」

ナダンティンから手を引かせ、ペルナハはシエラを魔物との最前線に送ったが、今度はルーデンの兵士と喧嘩を始めた。そこで仕方なくディートリッヒが出ていくことになり、「ルーデンで一番強い騎士」と聞いてシエラは勝負をもちかけ、そこでシエラは負けました。そしてその後もディートリッヒに言いがかりをつけて滞在を伸ばさせ、ディートリッヒはリオニの二度目の出産までにルーデンに帰ることができず、リオニの恨みを買うことになってしまった。

シエラ、とんだじゃじゃ馬ですね…!以前顔が綺麗だとペルナハが言っていたので、容姿も腕っぷしにも自信がある女の子なのでしょう。

同じように葬式に代理として参加していたディートリッヒは皇太子宮を訪れてビロイに会った。ビロイの名前は前皇帝の名前を授かり、デボン・ビロイ・アランカスとなったが、ディートリッヒは変わらず「ビロイ殿下」と呼びました。

久しぶりにディートリッヒと会ったビロイは泣いて喜んで飛びついた。ビロイはビルヘルムに背を向けられているかわりに前皇帝が可愛がっていたが、衰弱した前皇帝は最近ずっと「お前の父親のようになってはいけない」と繰り返すのだという。

「閣下は忙しくて来られませんでした」

期待もしていなかったが、それでもその顔に失望が広がるのを見て、ディートリッヒはビロイを抱きしめました。

「閣下も殿下に会いたがっていました」

「本当に?」

「本当に会いたいと毎日ビロイ殿下の名前を呼んでいましたよ。でもルーデンには魔物がいて…」

魔物の話をするとビロイは怖がったが、それでもラインハルトの心配をしました。

「でも閣下はビロイ殿下を守らなくてはいけませんから。ルーデンが倒れると首都にいるビロイ殿下も危険になります」

ビロイは「誰も教えてくれないことがあるからディートリッヒが教えて」と言い、ディートリッヒは「なんでも聞いてください」と答えます。

「僕は何度寝たらお母さんに会えるの?シャルロットは百回寝たら会えるって言うけど、僕は十までしか数えられない。でも見て、指10本が9回で、あと10回だよ」

指10本を10回満たしたら100。それを考えて90日の夜を過ごしたと話すビロイに、ディートリッヒの心は痛みました。

「でも10回寝ても来ない気がする。シャルロットはルーデンに行ったことがないし。だから100回寝たらお母様が来るってのは嘘だよね?ディートリッヒならお母様がいつ来るか知ってる?」

ディートリッヒは唇を噛んでから、「そうですね、知っています。ちょうど百回目に」と答え、シエラからの提案を受けるしかないとディートリッヒは思いました。

シエラは野蛮族をビルヘルムが倒したことによって魔物が現れたので、金を送るかビルヘルムが直接来るかという話を持ち出していました。戦争には莫大な金がかかります。前の皇帝はグレンシアを警戒していたため支援金も少なかった。

そのため、今回の訪問でディートリッヒとペルナハは皇帝と一緒に謁見しました。ペルナハがグレンシアの状況を話すと、ビルヘルムは騎士団から一部兵力を派遣すると話し、ペルナハは喜びましたが、そこにディートリッヒが口を出してシエラの要求について話しました。全く聞いていなかったペルナハは驚きましたが、ディートリッヒは最高の剣である皇帝陛下こそが来るべきだと主張します。

「陛下、俺は覚えています。陛下は北部の地理をまるで完全に把握しているかのようだった」

「エルンスト卿。記憶を失って、完全ではないと聞いているが」

「そうですね、陛下。そう見えますか?」

にっこりディートリッヒは笑って見せました。記憶は戻っていなかったが、6歳なのに子供らしく振る舞えず、我慢ばかりしているビロイのためなら、ディートリッヒはいくらでも記憶の戻っているふりができました。

「ちなみにルーデンも苦労しています。それは陛下が解決できると思いますが」

「言え」

ディートリッヒはビルヘルムを北部に来させ、そこにビロイを同行させたかった。しかし、ビルヘルムは「親子間のことに口を出すな」と言い、ペルナハには支援金と騎士団を送ることを告げて退室してしまいました。

ビルヘルムはディートリッヒの記憶が戻っていないのをビルヘルムは確信していました。途中まで信じそうになったけど、前のディートリッヒだったのならビルヘルムを北部に来させそうなんてしないはず。

ビルヘルムはそのまま皇太子宮に行き、その奥の、板で扉を塞がれた部屋の前に立ちました。ラインハルトが立ち去ったあと、記憶を取り除きたくてもできなかったので、そこに閉じ込めていました。

扉に釘で打たれた板を手で引き剥がし始めると、誰かが斧を持ってきました。ビルヘルムは扉を壊してその中に入り、そこに変わらずある少女の肖像画を見て、ビルヘルムは笑いながら跪き、絵の少女の頬を撫で、その唇に口付けをしました。

「あなたのせいです。ラインハルト、俺はあなたが言った言葉のせいで生きているのに…」

ラインハルトが立ち去る夜明け、彼女が言った言葉と温もりをビルヘルムは反芻していました。夢かどうかは問題ではなく、ラインハルトがそうしたと思わなければ息をすることもできなかった。

「…陛下」

その時、呼ばれて振り返ると扉の前にビロイが立っていました。

「こっちに来て。さあ、ビロイ」

怯えた様子だったが、ビルヘルムが名前を呼ぶと駆け寄ってきました。ビルヘルムは子供を抱きしめながら、ラインハルトの事を考えます。気味悪がりながらも、最後まで子供の面倒を見ていた彼女の様子を思い出しました。

「ビロイ、お父様と呼ばないと」
「……お父さま?」
子供の顔が赤くなり、ビルヘルムの目元が熱くなった。今更父性愛を自覚したからではなかった。
言い訳も必要だね。彼女は決して死なないだろう。この小さなものを抱いている限り。
ビルヘルムは子供の額に口付けた。世界で最も必要な人質を得た者の喜びだった。

3巻後編を読んだ感想

更新をお待たせして申し訳ありませんでした…!

まったく安心できない後編でした。

ビロイの乳兄弟であるディートリッヒとリオニの息子(フェリックスと言います)が、両親のことを「お父さん・お母さん」と呼ぶので、ビロイ自身に両親のことをどう呼ばせるのか迷いましたが、立場も考えて「お父様・お母様」を選択しました。漫画でここまで展開が追いついてきたら漫画の表記に修正する予定です。

ビルヘルムはまだまだ成長する必要がありますね…だいぶ時間がかかりながらも成長していきますので…まったりビルヘルムの成長をお待ちください。

そして表紙を改めて見返して欲しいのですが!

▼こちら1巻の表紙

ラインハルトにちゃんと頬と首に傷があるんですよね…

私最初に読んだ時に、「頬から首にかけての傷だよね?一直線だと思ってたけど横にも傷がついちゃったのかな?」とか呑気に思ってて、読み進めて「なるほど!ここの傷か!」となりました。小説の表紙絵、秀逸でとても好きです。

ストックがないため次回の更新もややお待たせしてしまいます。詳しい更新日についてはtwitterにてお知らせします!

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いり
異性愛・同性愛に関係なく読みふけるうちに気づいたら国内だけではなく韓国や中国作品にまで手を出すようになっていました。カップルは世界を救う。ハッピーエンド大好きなのでそういった作品を紹介しています。

POSTED COMMENT

  1. こゆき より:

    待ってました!
    ありがとうございます!
    3巻後編、キツいですねえ…キツい。
    心が痛い。
    ラインとビルの関係もだけど、ビロイが不憫だし…親子揃って満たされて欲しいです。
    次の更新、お待ちしてます。
    お体ご自愛下さい。

    • いり より:

      こゆきさんコメントありがとうございます!
      親子揃って幸せになってほしいですよね…
      寒かったり暑かったり温度差の激しい季節ですので、こゆきさんもお体ご自愛ください。

  2. ユウ より:

    忙しい中、更新ありがとうございます!
    今までのストーリー繰り返し読みました。正直凄く心が痛みます。前世の不幸により、人の気持ちを理解し、行動することと愛とは何?をわからないビルにとって、今世なぜまた何故愛してもらえないのか理解できないまま成長していました。

    それと同様、ラインも2世に渡って、頑固で人を許す気持ちがないまま、2人すれ違っていきます。

    ビルは過激だけど、愛は本物だから、最後2人、イヤ子供3人と一緒に幸せになってほしいです。

    どんなエンディングだろ……凄く怖いです。

    • いり より:

      ユウさんコメントありがとうございます!
      本当にコメントの通りで、ビルヘルムとラインハルトのすれ違いが解消されるといいですよね…
      4巻で最終巻になります。ゆったり更新にはなりますが、ぜひ最後までお付き合いください!

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