原作ネタバレ

「永遠なる君の嘘」韓国の原作小説ネタバレ感想 |3巻・後編

永遠なる君の嘘(영원한 너의 거짓말)の韓国の原作小説3巻(後編)のネタバレ感想です。今回は外伝になります。

原作:jeonhoochi

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3巻 後編 外伝 まとめ 考察

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外伝1 洗濯場の軍人

※イアンが陸軍に入ってリオリトンに残っていた場合のif話です。

ローゼンはその日、洗濯をしにいつもより早い明け方に小川を訪れました。

数日前に市場を通りかかった時にジョシュア・グレゴイに口笛を吹かれました。グレゴイはヒンドリーが疑妻症だと知っているにも関わらず、面白半分でローゼンに声をかけたのでした。

疑妻症…日本では耳馴染みがありませんが韓国ではよく使われる言葉で、理由もなく妻が浮気をしているのではないかと強い被害妄想をする精神疾患です。相手を極度に疑ったり、自分が被害を受けていると思い込んで行動してしまいます。妄想障害とも言います。

もちろんその後怒ったヒンドリーに殴られたローゼンは、グレゴイが毎朝川辺の岩に腰かけてタバコを吸っていると知って復讐をすることに決めました。薄暗い夜明けに後ろから近づいて押し、グレゴイは川に落とす計画です。

ローゼンはそうして小川に訪れ、グレゴイらしき後ろ姿の男に忍び寄りますが、「誰だ」とすぐに男から声がかかり、腕を掴まれて銃口がローゼンの頭に向けられました。男はジョシュア・グレゴイではなかった。

ローゼンはグレゴイよりも大きなその男の顔を見ることも出来ず、ローゼンは正直に事情を話しました。グレゴイは同僚の間でも評判が良くなかったのか男はすぐにローゼンを解放し、グレゴイは3日後に帰ってくるのでその時に落とせばいいと教えてくれます。

ローゼンに申し訳なさを感じているのか丁寧な対応を受けて、ローゼンは礼儀正しい人だと思い、ずっともたげていた顔を上げ、しかし急いでまた視線を下ろします。

彼と目が合った瞬間、呼吸が止まり、心臓がドンと落ちた。 あっという間に顔が熱くなった。 多分私の顔は今真っ赤に染まっているだろう。

あまりもハンサムな男だった。エミリーとの脱出劇に失敗した際に軍人に対する不信感と嫌悪感があったはずのに、男に対してそれらを思うことができませんでした。

ローゼンはなんとか自分を落ち着かせて洗濯に取り掛かろうとするけど、男はローゼンのそばを離れません。他に洗濯しに来る女に口笛でも吹くつもりなのかと棘のある言葉をかけてみると、男は軍人たちがどれくらいの頻度でそんなことをするのかローゼンに尋ねました。

「毎日です。見るたびに!」

ローゼンは少し考えた後に女たちにちょっかいをかけてくる軍人たちの名前を全て男に教えました。ローゼンの告げ口が終わると、男はローゼンの体の3倍はある洗濯物をローゼン一人がするのかと聞いてきました。もちろんローゼン一人で洗濯をするし、家にはもっとあるから取りに行かなくてはいけないことを話すと男は驚いた様子を見せます。

ローゼンは大きいものから洗濯をはじめて、スカートを太ももの上まであげると男は慌てて顔を背けました。しかしローゼンがそのまま冬の冷たい川の中に入ろうとすると男に腕を掴まれます。

「裸足で入る温度ではありません。薄氷がはっています」

「知っています。それで?毎日していることなのになぜ文句を言うんですか?みんなこうやって暮らしてるじゃないですか」

ローゼンは男を無視して小川の中に入り、洗濯をしました。そうして小川に入ったり出たりを何度か繰り返していると、男は軍隊で支給されるカイロをローゼンに渡します。いまは戦争のさなかで、物資が不足しているため、例え男が将校だとしてもリオリトンにいる間は物資に不足しているはずなので、このカイロは今日一日を暖かく過ごすための唯一の手段のはず。そんな貴重なものをくれる男に、なにか企みでもあるのかとローゼンは疑いました。

「どうして私にこんなものをくれるんですか?」

「寒そうで」

ローゼンは男を見上げます。また顔が赤くなったけれど、人の真意を見るには目を見るしかなかったから。しかし、男の灰色の瞳に込められた真意を掴むことが出来ませんでした。逆に男はローゼンの赤い顔を見て、ローゼンが恥ずかしがっていることがわかるから、不公平だとローゼンは思いました。そこへ、ヒンドリーの鼻歌が聞こえてきました。

グレゴイに口笛を吹かれただけで殴るのだから、ハンサムな男と一緒にいる所を見られたらどうなるのか。ローゼンは慌ててカイロを投げ捨て、男を押しました。男は油断していたようでそのまま小川の中に落ちてしまいます。ローゼンは洗濯入れをもって橋の下に隠れ、ヒンドリーが橋を通り過ぎた頃に小川に戻ると、もう男はいませんでした。

それから数ヶ月後。ローゼンは自分の後を男が付いてきているような気がしていました。洗濯場や水汲み場で男を見かけることが多くなったからでした。最初は水に落とした復讐でもされるのかと思ったけれど、その気配はありません。やることがなくて暇なのかと思っていると、前の家に住むニーナは小川で洗濯をしながら「あの人、あなたのことが好きみたい」と言いました。

「ずっとあなたを見てるでしょ。明らかだよ。軍人がここに何の用があるの?」

「前にスパイ容疑で銃殺しようとしたから申し訳ないんでしょ」

ニーナはそんなことでは長い間はつきまとわないと言って、男がつけている階級章から見て、階級が高い人のはずだと話しました。

「なんの関係があるの」

「ローゼン、どうして関係ないの。あなたに関心のある軍人の階級が高ければいいじゃない」

「ちょっと静かにして。ヒンドリーに殴られて死にたいの?」

「あれくらいなら危険を犯してみる価値はあるよ」

ニーナは笑みを浮かべてローゼンの腹をつついたけれど、ローゼンは余計に不安になりました。

男と目が合うとローゼンの顔は自然と赤くなってしまうので、男はもしかしたらローゼンが自分のことを好きだと勘違いしているかもしれない。それも腹立たしかった。これは好きなのではなく、体が勝手に反応してしまうだけなのにとローゼンは思いました。

だからローゼンは男を避けるために朝ではなく夕方に小川に行きました。しかし冬はローゼンの予想より早く日が落ちてしまい、帰り道に足を踏み外して洗濯物がひっくり返ってしまいます。泣きたくなったけれど、昨日ヒンドリーに殴られて目に黒いあざができていたので、今泣くと余計に酷い顔になるのでローゼンは我慢しました。そのローゼンの目の前に男が現れます。

男はローゼンより大きな手で素早く洗濯物を拾い集め、ローゼンと目が合うと目のあざに気づきました。

「殴られましたか?」

「………」

「軍人に殴られたんですか?」

どこかにぶつかったという言い訳をしても信じてくれそうにありません。しかし、軍人がヒンドリーの味方だということを実感していたので、夫に殴られたということも言いたくなかった。いくらローゼンに親切でも、また期待を裏切られて傷つくのが嫌でした。

「名前を言えば処分します。右胸についているのが名札です。誰が殴ったんですか?」

「私は文字が読めません」

話を切り上げてローゼンが洗濯入れをもって歩き始めると、男はローゼンの横に並んで歩き、ローゼンに年齢を尋ねます。なぜそんなことを聞くのか不思議に思いながらも17であることを話すと、男はローゼンから洗濯入れを奪って家まで持っていくと話しました。けれど、最近ヒンドリーが酷く敏感になっていたので、ローゼンには全く嬉しくない提案でした。ローゼンは男がヒンドリーに金でも貸したのだろうかと考えました。

「ヒンドリーに用事があるなら直接言いに行ってください。私に言っても無駄です」

「ヒンドリーとは誰ですか?」

「夫です」

それを聞いて、男は洗濯入れを手から落としてしまいます。なぜ驚いているのかわからないローゼンは洗濯入れを拾いました。

「さっき17だと……」

「ええ、そうですけど?忙しくてたまらないのになぜしきりに付いてくるんですか?用事がなければあっちに行ってください」

ローゼンはそのまま男から逃げました。顔はまた真っ赤になっていたのが悔しくて唇を噛み締めます。全てあの顔のせいだと思いたいのに、いつからか男と出会う度に体が勝手に暴れるようになっていました。

その数日後、今度は金髪に青い瞳をした軍人に話しかけられ、検問を受けました。名前や結婚していることを話すけれど、軍人に脅えてわざと既婚者のフリをしているのだと勘違いをされました。

「ちゃんと答えて。17なのに結婚してるって?」

「15歳の時に結婚しました」

「……本当に既婚者なの?嘘じゃなくて?」

ローゼンは夫の名前を話して身元調査も受けたけれど、その軍人はずっと「本当に?」と繰り返していました。ローゼンが立ち去ろうとすると軍人はようやく「ヘンリー・リービル」と名乗り、自分の上官が黒髪に灰色の瞳のハンサムな顔を持つ男だと聞いて、ローゼンはヘンリーの上官が誰なのか理解します。

「彼の名前はイアン・コナーで。あの…だから、痛いみたいで」

「痛い?」

「心が……いや、頭のような?とにかく心であれ頭であれ痛がっていて。狂ってるような気もするし……とにかく大体そんな状態です」

「要点はなんですか?」

「だから!私の上官が痛がっているんだって!それを知っていて!」

「………」

ヘンリーは自分がローゼンに話しかけたことをイアンに言わないよう口止めし、紙切れを渡しました。ヘンリーは「助けが必要ならここに来て」と言うので、字が読めないローゼンは素直にそれを伝えます。

「じゃあよく覚えておいて。あそこにある軍部隊で1番大きな建物の3番目。メモを見せて、ヘンリー・リービルと知り合いだと言えば入れてくれる。そこでイアン・コナーを探して」

「……それが何の役に立つんですか?何を手伝うんですか」

「何でも。助けが必要なら何でも手伝ってくれるよ」

ローゼンはそれから家に帰った後にエミリーに話すと、エミリーはそれが軍人たちの罠だと考え、「すぐにメモを捨てて」と言いました。その言葉で人妻と遊ぶ軍人たちを思い出して、ローゼンは温かくなっていた心がまた冷えた心地になりました。

その日ヒンドリーが帰ってくるとエミリーを殴るので、ローゼンはエミリーを庇って一緒に殴られました。そうしてあざを冷水で冷やしながらメモを見ます。ローゼンは欲しいものを得るためなら汚いことでもできる子供でした。

そうしてエミリーが倉庫に閉じ込められた日。ローゼンはメモをもって軍部隊に駆け込みました。教えられたとおりにするとすぐにイアンの執務室に案内されます。遅い時間なのにまだ仕事をしていたイアンは、ノックもせずに入ってきたローゼンを見て、驚いて立ち上がりました。

ローゼンは自分ともう1人が逃げれるよう汽車を手配する代わりに、自分の体を差し出すことを話しました。イアンは顔を固くしてローゼンを椅子に座らせ、何があったか話すように言うけれど、ローゼンは話したくなくて「切符を用意してください」ともう一度言います。

「人でも殺しましたか?」

まだ殺していないけれど、ここが駄目なら家に帰ってヒンドリーを殺すことをローゼンは決心していました。

「どうせ私と一度寝たくてこれを渡したんじゃないですか。それなのにどうして一々話をしなければいけないんですか」

「誤解しているようですが、それはただの通行証です」

ローゼンはそこでようやくメモがヘンリーの独断で行ったことだと気がつきました。イアンの灰色の瞳を見て、ローゼンはいつかの切符売り場で見た灰色の瞳を持つ軍人を思い出します。

「…守ってくれるって言ったじゃん」

「………」

「それなのにどうして私が懇願しなくちゃいけないの?どうして説明しなきゃいけないの?どうしてこんなことを頼まないといけないの?こんなことになる前に!そっちが守らないといけないでしょ」

ローゼンは怒りに任せて叫びながら涙が溢れました。自分を可哀想に見せる必要があるのに、失敗したと思いながらも言葉が止まらなかった。

「あなたたちは軍人じゃない!軍人は帝国民を守るんでしょ。それなのにあなたたちは一度も私の話を聞いたことがないでしょ。いつも私を殴る人の味方だったじゃん」

何も言わないイアンを見て、ローゼンは泣き止んで執務室を出ていこうとします。けれどイアンはそんなローゼンを止め、ローゼンの腕や足にあるあざを確認し、イアンは部屋の外へ歩き出します。

「もともと私がしなければならない正当な仕事をしに行きます。ここでお待ちください」

それから数時間もしないうちに、軍病院で治療を受けたエミリーと再会しました。イアンから汽車の切符をもらい、ローゼンとエミリーは朝早い汽車に乗ることになりました。駅に着くと検問もなく、以前切符売り場にいた軍人たちもいませんでした。

「ヒンドリーはどうなりましたか?」

「治療所は一旦閉めました。マローナの居場所を決めたら、仕事が処理され次第連絡します」

イアンは具体的にヒンドリーがどうなったのかを言いませんでした。

「追って来れません。それは確かです」

ローゼンはヒンドリーがどうなったのかはどうでも良かったので、それ以上は聞きませんでした。ヒンドリーは脱走兵でもあったので、正式な裁判ではなくもしかしたら軍裁判にかけられるのかもしれません。

汽車の座席まで荷物を運んでくれたイアンにローゼンは声をかけました。

「ありがとうは言いません」

「知っています」

「実は謝らなければいけないのはあなたのほうだよ。私をあの家に閉じ込めたのはあなたの部下なんだから」

「それも知っています。すみません」

「……謝罪まで受けるつもりはありませんでした」

さすがに謝罪までされると申し訳なくなってそう言うけれど、イアンはグレーのマフラーを取り出してローゼンに巻いてくれました。それはイアンがしているものと同じでした。

「これは何ですか?」

「いつも寒そうで」

イアンはローゼンを見つめて立っていました。そうして汽車が走る準備が整い、駅員がやってくると、イアンはポケットから切符を取り出し、ローゼンたちの前の席に座ります。

「あなたもマローナまで行くんですか?」

「はい。見送りに行きます」

「なぜ私を助けてくれたんですか?」

「やるべきことだから」

確かに軍人は帝国民を守る義務がある。しかし、世の中の軍人のどれだけがそれを守っているのか。守らない人が多いことをローゼンはよく知っていました。

「…では、なぜ私にここまで付いてきたんですか?」

「なぜだと思いますか?」

ローゼンは逆に質問をされて考えてみるけど、イアンの顔を見ているとまた顔が赤くなってきました。それが暖かい汽車の中だからなのか、イアンにときめいているのかは自分でも判断がつきませんでした。イアンはまるで取り憑かれたかのようにローゼンを見つめていました。

ローゼンはそんなイアンの存在感を無視するためにエミリーに「今度のワルプルギスの夜はリオリトンじゃなくてマローナですね」と話しかけます。エミリーと広場で平和に踊ることを考えてローゼンは幸せな気分になりました。

「エミリーと踊らないと」

「今年は踊らないよ」

「どうしたんですか?」

「新しいパートナーができたみたいだから」

エミリーはイアンを見てそんなことを言いました。イアンはそんなエミリーの視線を避けて窓の外を眺め、エミリーも窓の外へ視線を向けて、そこに降る雪景色に驚きました。

「見て!ローゼン、ワルプルギスの夜なのに雪だよ!」

「ワルプルギスの夜に降ると良いんですか?」

「大魔女ヴァールブルクは雪の降る日が好きなの。人々の願いをもっとたくさん聞いてくれる」

列車がトンネルを通過すると再び青い夜明けが白く染まっているのが見えました。

外伝2 私たちの名前を覚えていて

イアンは綺麗好きで整頓が得意ではあったけど、基本的に物を捨てることができないため、そうした荷物は全て倉庫に入れられました。

プリムローズ島にローゼンやエミリーがやってくるとそんなイアンの荷物を探っては興味深いものを掘り出しました。ヘンリーの幼い頃の写真や、幼いファンがイアンに書いた鼻水の跡がついた手紙。

そうして今日もローゼンは一人で倉庫に入って宝探しをしていました。

「ローゼン、もう出てこい。夕食ができた」

ローゼンにそう話しかけますが、ローゼンは一枚の写真を手に「これは何?」と聞きます。

「イアン・コナーにもこんなに幼い頃があったんだ。今と同じでハンサムだけど、もっとすべすべで可愛い!赤ちゃんみたい!」

それはイアンが二十歳の時の写真で、編隊員と初出撃を控えて撮った写真でした。仲良く肩を組んでる三人と、少し離れてぎこちなく立ってるイアンが写っています。しかし楽しそうに笑っているその三人はもうすでにこの世にはいません。

「その人たちの話をして。今回はごまかさずに。私は全部話したんだから」

「いや、むしろ話したかった」

ローゼンに隠すつもりはイアンにはなかった。いつか話してあげたいと思っていた。ただ、どう話せばいいのか悩んでいただけでした。イアンはローゼンに、彼女たちはローゼンのことが好きだった人たちだと伝えました。

ローゼンは信じられない様子でした。イアンはいつも思っているけど、ローゼンは自分に向けられた悪意には簡単に気づくのに、向けられた好意を簡単に信じませんでした。

それで彼はいつも正確に話そうと努力した。

私は君を愛しているし、実はずいぶん前から君を愛してきたし、これからもそうだと。 私がどれほど君を切実に見つめてきたのか、君は分からないだろうと。

そして今は言ってあげたかった。 一人で茨の道を歩きながらも折れなかったローゼン・ウォーカーを、アルカペズの魔女を愛していた人がそれだけではなかったという事実を。

イアンは写真を指さして説明します。

「左からイレリア・レブ、ルーシー・ワトキンス、ヴァイオレット・ミハーク」

ローゼンはその名前を覚えるために復唱すると、イアンは口元を上げ、ローゼンを抱き上げてベッドに腰掛けます。イアンは本棚の上を指さしました。そこにあるのはローゼンの脱獄にまつわる小説で、その本はベストセラーになるほど人気でした。イアンはその本の初版と限定版を持っています。

本棚にはそうしたイアンの私物もあるけど、三人もローゼンのファンで本を持っていたので遺品としてイアンが引き取っていたものもありました。そのこと聞いたローゼンは写真の埃をふき、本棚にその写真を綺麗に置きます。イアンは倉庫ではなく、こうして日の当たる場所に飾ることで、その写真が元の場所に戻ったような気持ちになりました。

「みんなお前の写真を持っていたよ。1番右のやつは特に酷かった。……あいつはお前を自分の女神様と呼んでいた」

士官学校が空軍を養成し始めたのはわずか十数年前からです。大きな戦争のない長い平和は、帝国を鈍らせていて、軍の上層部はいつも空軍に懐疑的でした。曰く、維持費がかかるわりに役に立たないから。軍が与えるわずかな支援金は中間管理職によって流出し、飛行機は常に故障してパイロットの生命を脅かし、機体数も不足していたが、そんな少ない機体数よりさらに少ないのがパイロットだった。

空軍に向ける周りの冷たい視線と環境のせいで、空軍に入隊を決めた学生は、成績が悪いか、変わり者か、女だったりしました。イアン・コナーは首席の成績を納めていたけど「リオリトンを離れたくない」という理由から空軍を選んだ変わり者でした。

しかしイアンのように望んで空軍を選んだわけではない者達はすぐに逃げ出してしまいました。そうして戦争が始まって編隊員となったのがルーシー、イレリア、ヴァイオレットの三人です。他からは「女性は扱いにくいだろう」と言われたけど、彼女たちは普通の軍人でした。命令には服従するけど見えない席で熱心に上官の悪口を言い、たまに小さな騒ぎを起こす普通の軍人。

ある日、出撃三時間前に待合室に向かうと、部屋からイアンのことを「融通が効かない」などの悪口を言うヴァイオレットの声が聞こえました。ルーシーが宥めるけど、ヴァイオレットは女も酒もタバコも賭博も一切やらないイアンに窮屈さを感じているようでした。女の写真を持ち歩いたり、ロッカーに貼り付けたりしていないのだから男が好きなのかもと話が進んでいました。

そこまで話を聞いていたイレリアが「もうすぐ来ると思うから静かにして」と宥めたあと、「でもうちのエースはつまらない人間だけど、男好きでは無いよ」と言い、イアンが胸ポケットから女の写真を取り出すのを見たのだと話しました。

「有名な女性で、ヴァイオレット。あなたも知っている人だよ。あなたも好きな女性だから」

「まさかローゼン・ウォーカーのことですか?本当に似合わない。あんな人間がなんで私の女神様を?オェッ」

ヴァイオレットはイアンと違ってローゼンが好きなことを隠していなかったので、ロッカーはローゼンの写真で埋め尽くされ、単行本も共有ロッカーに並べられていました。

ヴァイオレットが未だに信じられない様子なのを見たイレリアは、イアンは写真を出撃前に見ていて、その目には蜂蜜がぽたぽた流れるほどだったと教えました。

「狂ってるに違いありません」

「よく見てみて。もしかしたらローゼン・ウォーカーの写真に向かってキスするかも」

さすがにそれ以上我慢できずにイアンはドアを蹴破り、「そんなことはしていない」と否定しました。ロッカーに行くと鏡越しに笑いをこらえている様子が見えて、イアンは「これからもやらない」と言いながら待合室を退室します。

ヴァイオレットは帝国にあまり愛国心がなく、激戦地へ行くよう命令が下れば床に唾を吐き、国家も口パクで歌うくらいの反抗的な女性だったので、帝国を欺いて脱獄したローゼンはまさにヒーローに見えたのでしょうね。

タラスは侵攻前に帝国の主戦力を排除していました。数少ない先輩パイロットたちはより高い年俸と待遇を求めてタラスに移り、それに伴って上がいなくなったイアンは士官生の寮から将校の宿舎に移り、さらに空軍の司令官室に移り、こうして二十歳の司令官となりました。

逃げれる者は既に逃げ、結局残ったのは行くところのない者達でした。イアンは帝国の無理な命令にも従うつもりでしたが、軍人ではなく先輩として、戦闘に入る前に編隊員たちに「遅れる前に逃げろ。残っていたら死ぬ」と警告しました。しかし、彼女たちはイアンの言葉に従いませんでした。

「司令官が逃げたらイアン・コナーが逃げたことになるでしょう。しかし私たちが逃げたら女生徒が逃げたことになります。功労は記録されないけど、過ちは残り、いつか他の女生徒の障害になってしまう。だから絶対に逃げません」

彼女たちは誰一人逃げることなく出撃し、一度も自分たちを守ってくれない帝国のためにタラスの敵機をマローナ近郊地域で撃墜しました。最初にイレリア、その次にルーシーが戦死し、編隊はさらに若い隊員で構成され、出撃当日に亡くなった者もいました。何ヶ月、何年と運良く持ちこたえた人もいましたが、イアンは最初の編隊員たちが忘れられませんでした。いつまでも彼女たちの「私たちは逃げません」という言葉が耳に残りました。

最後に死んだのはヴァイオレットでした。墜落する飛行機から脱出することができず、そのまま海に沈んでしまいました。彼女の遺品は軍服、軍靴、拳銃、そして一冊の本『ローゼン・ウォーカーの脱獄記』。本には新聞から切り抜かれたローゼンの写真が挟まれていました。

イアンは自分がいつも持ち歩いているペンダントを取り出します。そこにもローゼンがいて、写真の中のローゼンは世界を嘲笑うような笑みを浮かべてタバコをくわえていました。

そして初めてイアンはタバコを吸いました。

もう彼には燃料が残っていなかった。 彼は炎を抱いて空に浮かぶことができなかった。だからもう眺めるべきだろう。

タバコの煙がぼうぼうと立ち上った。彼は咳払いをしながらもその場を離れずにタバコを一箱吸い終えた。口の中で鉄の味がした。熱くなったエンジンのように熱くて湿った煙だった。

ローゼンは彼女たちの墓に行きたいと言うけど、空で戦死したパイロットは遺体が回収できないため墓はありません。そこでローゼンは紙とペンを取りだしました。ローゼンは今では多くの文字を書くことが出来て、「飛ぶような字」だと揶揄される悪筆なイアンの字とは違って、ローゼンの字はとても綺麗でした。

ローゼンは自分のサイン入りの紙をガラス瓶に入れてコルクで蓋を閉め、イアンの手を引っ張って海辺にやってきました。外の人々はプリムローズの海を「黒い海」だと恐れますが、太陽に照らされるサンゴ礁によって色が変化して見える海はイアンが見てきた中で一番綺麗な海でした。

そうして夕暮れの海にガラス瓶は波にさらわれ、海に流れていきました。

「喜ぶかな?」

「きっと喜ぶだろう。お前のサインを欲しがっていたから」

ローゼンは浜辺に指で彼女たちの名前を書き始めました。綴りが間違っているとイアンが指摘しながら直そうとするイアンを引っ張って砂浜に座らせます。

「綴りを間違えたからってなに?大事なのは心だよ」

「お前の言う通りだ」

イアンが深刻そうな顔つきをしているのでローゼンはイアンの顔を掴んで何を考えているのか問い詰めました。

「彼女たちが永遠に忘れられるのが不安だった。でももうお前が覚えているから、良かったと思った。彼女たちがお前を覚えているように」

イアン・カーナーは夕焼け色に染まる海を見て思った。死んだパイロットは鳥かイルカになるという言葉があった。もちろん、あまりにも多くの死を経験した者たちが自らを慰めるために作り出した言葉に過ぎないだろうが…。

イアンは彼らの魂が本当に自由になり、この海域のどこかに留まっていてほしいと思った。魔女の島があり、彼らを助ける魔獣がいて、彼らの名前を覚えてくれるローゼン・ウォーカーがいるここに。

 

外伝3 もう一度、ワルプルギスの夜

イアンとエミリーは話をあまりしませんでした。ローゼンをプリムローズ島に送り届けたあとエミリーは帰ってしまうし、迎えに来る時はもう少し居たいとせがむローゼンの頼みを断って、すぐにプリムローズ島を去ってしまうからでした。

ワルプルギス島では外泊は一日と決まっているけど、そこまで厳しくないのでエミリーさえ見逃せばもう一日くらいは滞在することができるのに、とローゼンはイアンに言います。

「一日でいいよ、もっと頻繁に出かけるにはもう少し時間が必要なんだろう」

「一日で十分なの?」

「十分だとは言ってない。待てるってことだよ」

イアンはローゼンにキスをして、迎えに来たエミリーの元へ送り出しました。そうして過ごし、結局イアンとエミリーが対話することになったのは五回目の時でした。ローゼンよりも早くイアンの家に来たエミリーは、イアンに話をしようと声をかけます。

ローゼンが後から慌ててやって来ると、エミリーはローゼンに外にいるように言います。

「何か言うんじゃないよね?」

「私がコナー卿に何を言うの。私たちの英雄なのに。ちょっと話をするだけだよ」

ローゼンが顔色を伺うので、イアンは大丈夫だと頷いてみせると、ようやくローゼンは出ていきました。お互いの名前を名乗り、ぎこちない沈黙が長れ、イアンはヘンリーがいたら雰囲気が和らぐのだろうかと考えます。

エミリーにとってローゼンは娘か妹のような存在で、そのローゼンが突然男を連れてきた状況なので、イアンにもエミリーがどんな気持ちなのか想像することができました。イアンだったら家に入れるまでは一年以上かかるし、相手を座らせて、拳銃を持った手をテーブルの上に置いて相手に見せた上で話すだろうと考えます。

エミリーは外にある軽飛行機はイアンが購入したのか聞き、退役しても年金が出るのか尋ねました。

「年金もあり、受け継いだ資産もあります。不足しない程度には持っています」

イアンは目上の人の前でもあまり緊張しない質で、これまでも将軍たちの前でも誰の前でも気兼ねすることなく話をしてきました。そうしたイアンの態度は生意気だと言う人も、勇敢で気に入ったと言う人もいました。しかし、イアンはエミリーの前で生まれて初めて緊張していました。

「お酒は飲みますか?」

「好きではありませんが、お望みなら一緒に飲みます」

エミリーはカバンの中から酒を取りだし、グラスに注ぎながら自分もローゼンも酒にはあまり良い思い出がないと話しました。

「…知っています」

そこからエミリーの取り調べが始まりました。最初に趣味を聞かれ、イアンは飛行機の修理と、最近は頼まれたパイロット用の教本を作っていることを話します。イアンは自分の生活を振り返り、「新聞も読みます」と付け加えました。

「カードゲームやギャンブル、競馬…こういうのは軍人たちは良くするんじゃない?」

「ゲームは苦手なのでやりません」

「人生が本当に面白くない人ね。ローゼンのおかげで島流しにされて友達はなくしたんでしょう?」

「元々友人はあまりいません。本土の邸宅でも長い間一人で暮らしていました。いまはヘンリー・リービルがたまに来ます」

士官学校に友人はいたか聞かれ、イアンはいたけれど戦争でほとんど死んでしまったと答えました。自分がした質問を気にするエミリーに「大丈夫です」と答えると、エミリーは咳払いをして、イアンが用意したサンドイッチを食べました。

「美味しいですね。家政婦が作ったのですか?」

「私が作りました」

「……料理ができるのですか」

イアンは「上手かはわからないができます」と答えました。エミリーはサンドイッチをたいらげた後に、家政婦を置けばいいのにどうして自分で料理をするのか尋ねます。

「ローゼンが食べるのを見るのが好きだからです。元々どんな仕事も直接するのが好きです」

唇を噛んだエミリーの顔は赤かったけど、酒が強いせいかもしれないとイアンは思いました。イアンも酒は弱い方ではないはずなのに何杯か飲むとくらくらするほど強い酒でした。エミリーにタバコを吸うのか聞かれ、イアンは吸っていたけど辞めたことを話します。

「わざわざ吸う必要がなくなったので辞めました」

そうして質問と回答を繰り返したエミリーは、ローゼンがイアンの元を離れてワルプルギス島に帰ってきたらどうするのか尋ねました。

「待ちます。いつまでも」

イアンにとっては待つことは苦痛ではありませんでした。

エミリーはその言葉を聞いて涙を流しながらローゼンの名前を大声で呼びます。家の外でイアンの飼っている子犬と遊んでいたローゼンが声を聞いて中に入ってくると、エミリーはローゼンを抱きしめて駄々をこねました。エミリーの様子はどうやら酒癖もあるようでした。

「ムカつく!本当にイライラする。ローゼン!あなたはどうしてこんな奴を連れてきたの!」

イアンは「気に入らないところは直します」とエミリーに話すけど、エミリーはイアンの顔が整っているのも気に入らないが、かといってブサイクなのも嫌だと舌がもつれたまま言いました。ローゼンはエミリーをなだめて彼女を寝室に寝かせ、戻ってくると二人が飲んだ酒の量を見て驚きました。イアンはこれまで酔っ払うことはなかったけど、エミリーはイアンの酒癖を確かめたかったようなので、今回はエミリーに酒を勧められるまま飲みました。イアンも自分の酒癖を知らなかったけど、イアンはテーブルの上で眠りに落ち、数十分後にまた目が覚めたので、酒癖の中でも大人しい方でした。

「明日の朝、日が昇る前にまたワルプルギスに行くのか?」

「そうしないと」

「エミリーは調子が良くなさそうだけど」

「数時間後には元気に起きるから大丈夫だよ」

「大丈夫じゃない」

イアンはローゼンの服を引っ張り、ローゼンはそのままイアンの胸に倒れます。

「だから今日は行かないで」

「え?」

イアンは「もう一日だけ」と駄々をこね、「先輩に怒られる」というローゼンに「エミリーに甘えてみて」と説得しました。イアンは子供のように笑っていて、ローゼンの胸に顔を埋めました。

「私と何をするの?夜に」

「何もしないからそのまま隣で寝て。今日はお前が出てくる夢を見たい」

すぐにローゼンの唇が近づいてきた。イアンは夢を見ているかもしれないと思った。それで彼は夢の中でいつものようにローゼンを抱いてベッドに行き、さらに深く口付けをした。

暖かくて暖かい冬の夜だった。

外伝4 彼らの夏

プリムローズ島に夏が訪れました。ローゼンは最初に船でイアンと出会った時も、ローゼンがプリムローズ島に来てイアンと再開した時も冬だったので、薄着をしていたり、上着を脱いだまま庭で水やりをしているイアンを見て、まるで初めて会う人のような、変な気分になりました。

空が青い日にはイアンは軽飛行機を洗っていて、ローゼンはそんなイアンに飛行機に乗りたいとせがみました。けれど、イアンは安全を重視するパイロットなので、数十の注意事項を暗記するまで乗せないと言われてしまいました。

話すだけではなく、イアンは書き取り試験まで行いました。水泳も学ばなくてはいけないと言われ、ローゼンはペンを投げ捨てます。プリムローズ近くの海域は魔獣がたくさんいるので、ローゼンが溺れて死ぬことはありません。

「もういい!いっそのこと乗せたくないって言って」

「乗せたくないわけじゃない」

イアンはローゼンを持ち上げて自分の膝に座らせました。イアンはローゼンを抱きしめるのが好きで、前にローゼンがイアンのセミのように背中にくっついてみたら、イアンはローゼンの腕が離れるまで午前中ずっとローゼンを背中に抱えていたほどです。

「まだ不安なんだ。事故が起こるかと思って…。安全だと思う。ただ…」

イアンは頻度こそ少なくなったものの未だに悪夢を見ます。そんなイアンにとって、ローゼンを乗せること自体が大きな挑戦だったのだとローゼンは気づきました。

「乗せたいって気持ちはある?あえて無理しなくてもいいよ」

「なかったら最初から駄目だと言っていた」

「本当?」

「お前にも飛行機に乗るのがどんな気持ちなのか教えてあげたい。…お前はたまに私を遠くに感じているようだから」

ローゼンは前に話した自分の言葉を思い出した。

『あなたは遠すぎる。空にいるじゃん』

ローゼン自身もう忘れていたのに、イアンの胸の奥には刺さっていたようで、ローゼンはイアンの顔を撫でました。

夏の真っ最中にローゼンはまたプリムローズ島にやってきました。エミリーより少し遅れて船着き場に到着すると、漁師の息子のトミーがローゼンに話しかけ、自分の船に乗せてあげるとローゼンのことを誘いました。

「その……望むなら僕が水泳も教えますよ」

後頭部をかきながらそう言うトミーに、ローゼンは夫がいると言おうか迷いました。しかし、イアンと結婚したわけではないし、元夫はローゼンが殺してしまったので公式的には既婚者ではありません。恋人がいると言おうか迷ったけど、トミーはローゼンより10歳は若いように見えたので、ただ自分の船を自慢したいだけだろうと考えて提案を適当に受け入れました。

「私はこの海で溺れても死なないから水泳は習わなくてもいいの。船は今度乗せてね」

「あの、魔女さん、名前を」

立ち去るローゼンに向かってトミーが叫ぶけど、ローゼンは構わず先に着いていたエミリーと合流しました。「あの子は誰?」とエミリーが尋ねるので「船着場で働いてる子」と応えます。

「あなたに興味があるようだけど。コナー卿が嫉妬しそうね」

「とんでもないこと言わないで。私より少なくとも10歳は若いと思うよ?」

トミーは16か17歳くらいに見えたのでそう言うけど、エミリーは首を横に振って、ローゼンが好意を中々信じない性格であることを指摘しました。

「例えそうだとしても、イアン・コナーはそんな事しない」

イアンはヒンドリーのような疑妻症ではないと主張したが、エミリーは疑妻症ではなくても人は嫉妬するのでイアン・コナーも例外では無いと思うと言いました。ローゼンはあんな子供に嫉妬するというのが信じられませんでした。

ローゼンはプリムローズ島に来ると、イアンに挨拶をしに行くのではなく、庭のどこかに隠れてイアンを驚かせるのが好きでした。イアンの無愛想な顔が少しでも崩れるのが面白かったから。

「驚かせるな」

「嫌だ。面白いんだもの。どうせあんまり驚かないくせに」

「心臓が落ちる」

ここの台詞は「심장 떨어진다」で、直訳だと「心臓が落ちる」になります。「ドキドキする」「脈打つ」などと訳している記事もありましたが、会話の文章的に直訳の方が合ってそうなのでそのままにしています。

「いや、全然驚いてない顔してる。私に会いたくなかったの?」

「会いたかった」

イアンはローゼンがふざけているのが好きなようでした。予期せずローゼンが庭から飛び出すと、イアンは稀に明るい笑みを浮かべ、ローゼンを抱いて庭を一周することもありました。

イアンとローゼンはそのあとホースでお互いを濡らしながら遊び、ローゼンの唇が青くなる前にイアンはローゼンを抱き上げて家の中に運びました。ローゼンはイアンの頬に口付けて、「不思議」と呟きます。長い間写真を眺めていたせいか、たまにイアンが人ではなく写真から飛び出した彫刻像のように思える時もありました。彼と一緒に暮らす現実が夢のように思えて、隣で寝ているイアンの顔を触ったりもしました。そうして、イアンが本当はどんな人なのか知っていく過程は面白かった。

ローゼンは初めてイアンと過ごした夜を思い出します。ローゼンはイアンの体に口付けたけど、イアンはローゼンが何をしても黙って手ひとつ動かしません。

「なんであんたは私に触らないの?私に触りたくない?」

「触ってもいいのか?」

「嫌ならそうしなくてもいいけど。男の好みは色々あるのは知ってるから。でも普通は反対で、私は死体のように横になってて、相手が…」

私は話を終えることができなかった。 彼が私の言葉を止めたい人のように私の唇を飲み込んだから。 シャツの間からすぐに彼の手が突っ込んだ。 私はくすぐったくて笑ったが、後には本当に面白くて笑った。 彼の手は私が思っていたよりもずっと切羽詰っていた。

「私と寝たかったの? いつから?」

「ずいぶん前から触ってみたかったんだけど…実はわからない」

ローゼンは笑ってイアンを抱きしめました。そうして二人で過ごしたあと、ローゼンはイアンがこの島での生活に退屈するのではないかと心配になりました。ローゼンは幸せだけど、イアンもそうなのかは分からなかったし、イアンがこの島に来ることになったのはローゼンのせいだったから。しかし、この島で何かしようと思っても限られたので、結局ローゼンは「ピクニックをしよう」という提案しかできませんでした。

イアンがサンドイッチを作って籠につめ、二人は手を繋いで海の見える丘を登りました。丘の花畑で遊んでいた子供たちがローゼンとイアンを見て二人の元に駆けつけ、照れくさそうにしながら「二人はどうして一緒に住んでるんですか?結婚してるの?」と聞きます。

それに似ているから一緒に住んでいるとローゼンが答えると、子供たちは二人が恋人だと理解し、トミーの言うことがやはり間違っていたのだと騒いでいました。

「魔女さんは将校さんを愛していますか?」

「うん。本当に愛してる」

「将校さんも魔女さんを愛してますよね?」

「イアン、私のこと愛してるよね?」

聞いておきながらローゼンはイアンの返事を期待していませんでした。イアンは外や人がいる前で軽い口付けもしない人なので、子供たちの前でローゼンに愛の告白をするとは思えなかったからでした。

イアンが渋々頷くと子供たちは「愛してるって!」と叫んで喜び、「それじゃあここで結婚式をしよう!」と言い出します。

「お互い愛してるのにまだ結婚してないじゃないですか。ここで私たちとやりましょうよ、ね?」

ローゼンが戸惑っている間に子供たちは花嫁のための冠を花で作り始めていました。結婚をしたことはあっても結婚式をしたことはなかったので、子供たちの遊びに付き合うのも悪くないと思ったローゼンはイアンの袖を引っ張ります。恥ずかしいことでもある程度のことは聞いてくれるので、そうしてローゼンがイアンに頼もうとしました。しかし、それより前に「そうだな、やろう」とイアンが言い、ローゼンは驚きました。

ローゼンは子供たちによって花を頭に飾り付けてもらい、準備が整うと手を引かれて丘を歩きました。反対側から歩いてくるイアンは、子供たちに何を聞かれても反応が薄く、イアンのそばにいる子供たちはその反応が面白くなさそうです。

「魔女さん、今日は綺麗でしょう?」

「ああ、綺麗だ」

「いつもよりずっと綺麗でしょ!結婚式なんだから!」

「いつもと同じように綺麗だ」

ローゼンはイアンと向かい合うと、子供たちのままごとなのに何だか照れくさい気持ちになりました。イアンは世界で一番眩しいものを見ているかのように、ローゼンを見つめていました。子供たちの中で一番年上の子が前に出て、謹厳な声で「二人はこれからも愛し合いますよね?」と言い、ローゼンとイアンが頷くと子供たちが拍手を送りました。

これで終わったのかと思ったけど、子供たちに「チューして」「キスしてこそ終わるんだよ」と言われてしまいます。けれど、ローゼンはイアンがそんなことをするとは思えなかったので、子供たちをガッカリさせるだろうと思いました。しかし、イアンは頭を下げてローゼンに、濃くはないが軽くもないほど長い口付けをしました。

「結婚式は終わった。行け」

イアンは子供たちを追い返し、最後まで残った子供の耳元で何かを囁いていました。花畑に二人きりになり、ローゼンは思わず「何か食べ間違いでもしたの?」と聞きます。

「じゃあ急におかしくなっちゃったの?」

イアンは答えず、ローゼンを座らせてサンドイッチを差し出します。ローゼンはイアンが答えたくない質問には口を開かないことを知っていたし、イアンはローゼンが何かを食べると追及したことを忘れることを知っていました。結局ローゼンはサンドイッチを食べてその美味しさに感動していると、イアンはローゼンを待たせてその場を離れ、ローゼンがサンドイッチを食べ終わる頃に戻ってきました。

「さっき言えなかったのは花をあげながら言いたかった。ままごとだったけど結婚式だから」

イアンの手には咲き乱れる花束がありました。

「愛してる」

「………」

「愛してる、ローゼンウォーカー」

ローゼンは花束を受け取って笑いました。花束は島に咲き乱れる黄色いプリムローズでした。イアンの声は花の香りと同じくらい甘かった。愛を信じて生きる人がいるが、ローゼンもそんな人間になってしまったかのような気分になりました。

「……あんた今幸せ?」

「お前は知らないだろう。このすべてが夢だろうと思って私が眠る度にどれほど不安なのか」

イアンはローゼンの編み上げられた髪を触ります。

「だからこれからは隠れて現れるな。会いに来てくれる時は…… どうか普通にに現れなさい。私はいつも君を待っているから」

こうして花が咲く丘で、二人の結婚式が行われました。結婚おめでとうございます!

ままごとの結婚式ではあったけど、ローゼンは気になることが一つできて、家に帰っておやつを食べながらイアンに「赤ちゃんが欲しくない?」と聞いてみました。

イアンは咳をして、外にいるエミリーやヘンリーに聞こえると言いますが、子供たちの前で口付けをしたのに何を言っているのだろうとローゼンは思いました。

イアンはローゼンより避妊を徹底していて、それはプリムローズに来ることが中々難しかったからだと最初は思っていたけれど、何ヶ月も滞在できる今となってもまだその態度なので、ローゼンはイアンに聞いてみる必要があると思っていました。イアンは嘘が上手くないので、結局ローゼンに問い詰められて「正直に言うと嫌だ」と打ち明けることになりました。

「なんで?」

「昔、私の母は私を産んで死ぬところだった。エミリーも苦労したと聞いた」

「………」

「私はもうあまり危険を犯したくない。たとえ少ない確率でも」

ローゼンはイアンが勇敢な人だと思っていた。勝率の低い戦いを勝ち抜き、生き抜いてきたから。しかし、それはイアンが多くの人を失ったということでもありました。

「私はお前さえいればいい

ローゼンは軽い質問のつもりだったので申し訳なくなり、気になって聞いてみただけだとイアンに言い訳をします。

「それなら当分は二人で遊ぶことにしよう。そのことはずっと後で考えればいい」

「遊ぶ」という言葉選びがイアンらしくなくてローゼンは笑い、「何をして遊ぶの?」と聞いてみました。ローゼンから下ネタがこぼれることを予感したイアンがローゼンの言葉を遮断しますが、「夢ではそうでは無かったのに」とローゼンがこぼした言葉で、二人の空気が止まりました。

イアンの夢に現れるローゼンが本人だった事がバレてしまいました。ローゼンはそれが無礼な事だと分かっていたけど、悪い意図はなく、色々な理由がありました。それは、魔法を練習する必要もあったし、イアンに会いたかったからでもあったし、イアンを悪夢から救うためでもありました。

夢でのイアンは表情や言葉が素直で、ローゼンはそれを見るのが好きだった。

固まっていたイアンが立ち上がって外に出るので、ローゼンは慌ててイアンを追いかけました。

「本当に夢だと思った」

イアンは夢では自分はうまく制御できないので入ってこないようにと言いました。ローゼンは謝罪し、「絶対に私の夢に入ってくるな」と言うイアンにできるだけ哀れな顔で「…会いたくても?本当に駄目?」と聞いてみました。周期的にワルプルギス島に帰らなくてはいけないローゼンは、自分がイアンに会いたくなる時もあったし、イアンが元気か確認したい時もありました。

「夢まで私がコントロールすることはできない。だからよく逃げる自信がある時に入ってきて」

夏が終わる頃。

イアンはある時からローゼンがやって来る頃になると船着場で待つようになっていました。1時間以上も待つことになるのに、とローゼンが言っても、イアンは船着場で待っていました。

エミリーはそれはトミーがいるからだと教えます。トミーは相変わらずローゼンを見ると船に誘いました。さすがにローゼンもトミーが自分に興味を持っていることを認め、きっぱりと断るようになっていました。

ローゼンたちの荷物を持って前を歩くイアンはゆったりと歩いていて、とても怒っているようには見えません。ローゼンが首を傾げていると、「ローゼン!」とトミーが名前を呼んで駆け寄ってきました。名前を教えてもいないのに突き止め、島に滞在する度にローゼンの周りをうろつくトミーの、この粘り強さだけはローゼンは評価していました。

恋人がいると言っても「それでは結婚はしていないということですね、ローゼン」と笑い、恋人が将校だと言っても、むしろパイロットになりたいので話したいと言われました。断っても断ってもしぶとくまたやってきました。そうして今日もローゼンを船に誘うので、ローゼンはさすがに冷たい態度を取るべきだと決意を固めていると、トミーとローゼンの前をイアンが塞ぎました。

「ローゼン、飛行機に乗りに行こう。今日は飛行機が飛びやすい天気だ」

「私はまだ安全規則の書き取りができていないんだけど?」

「口では全部言えるだろう。それくらい覚えればいい」

ついにイアンがローゼンを乗せると決めたようで、ローゼンは興奮してイアン抱きつきました。イアンは外だと言うのにローゼンがくっつくのを許していて、ローゼンはそれを不思議に思いながらもむしろ良かったと思ってトミーによく見えるようイアンにくっつき、近所の子供たちに見物に来るように言ってもいいか尋ねました。

「そうだな」と、イアンは返事をしてトミーに話しかけます。

「お前も来い。パイロットになりたいんだって?飛行機に乗るところくらいは見た方がいいんじゃないか」

「………はい」

ローゼンはイアンの手を握りしめて家に向かい、二人の後を笑顔で付いてくるエミリーに向かって「見た?」と口の動きだけで尋ねました。イアンはやはり子供に嫉妬するほど幼稚では無いのだとローゼンは思いました。

プリムローズ島で軽飛行機が飛ぶのは滅多にない事なので、子供たちだけでなく時間に余裕ができた島民たちも集まりました。

砂浜で飛行機を飛ばすために点検するイアンをローゼンが眺めていると、子供たちが側に集まります。トミーはいつもならローゼンの近くで話しているはずですが、今回は飛行機が不思議なのかぼんやりとイアンを見つめていました。

ローゼンのそばに集まった子供たちは花畑でローゼンの頭を飾ってくれた子達で、トミーを見るとイアンに頼まれたことをトミーに伝え忘れたと言いました。

「どういうこと?いつ?」

「あの時、花畑で!将校さんが耳打ちで、トミーのところに行って結婚式をしたことを必ず言えって」

忘れていたから今から言いに行きますか?と言われ、ローゼンは驚きました。しかし、何かを言う前にイアンに呼ばれてそのまま飛行機に乗ります。

エンジン音が聞こえ、飛行機がゆっくりと砂浜の上を走り始めた時、イアンは外に腕を出して誰かに手信号を送っていました。拳を握ったまま、親指を下げる手振り。その手信号を送った相手がトミーだったのをローゼンは確認して目を丸くします。トミーは慌てた表情をしていたので、パイロットになりたい彼はどうやら意味がわかったようでした。

ローゼンは今の手信号はどういう意味なのかイアンに聞くけど、「後で」と言われてしまいました。イアンは答えるつもりがないようだけど、実はローゼンはその手信号の意味を知っていました。ヘンリーと水鉄砲で戦う度に彼がよくする手信号でした。

ヘンリーは航路妨害を牽制するパイロットたちの手信号で、「小僧、お前は私には勝てない、もしくは私の航路を邪魔するなという意味だ」と教えました。

「なんで笑うんだ?」

「……ただ、可愛くて」

「トミーのことか?」

「いいえ、あんたが」

エミリーの言う通り、イアンでも幼稚な嫉妬をすることがわかったローゼンは、むしろ少年のような様子を見せるイアンが可愛くて好きでした。

ローゼンは外に見える空に向かって手を伸ばすと、まるで空が手に入った気分になりました。

いつか魔法をもっとうまく使えるようになったら、私が彼を連れて飛行機なしで空を飛んでみよう。

重力に逆らって思い浮かぶ感覚は刺激的だった。 私をつかまえていた世界がだんだん小さくなった。 私は私の隣で飛行機を運転している私の虹を見て笑った。 空を飛ぶのは私が期待していたよりもはるかに素晴らしいことだった。

3巻・後編を読んだ感想

ローゼンとイアンのやりとり可愛くてずっと「可愛い」って言ってました。R指定作品ではないので二人の夜の事情がわからないところはちょっと残念ですが、でも可愛いから満足です。次の4巻も外伝になります。

次の更新は来週月曜日。詳しい日程はtwitterにてお知らせします!

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いり
異性愛・同性愛に関係なく読みふけるうちに気づいたら国内だけではなく韓国や中国作品にまで手を出すようになっていました。カップルは世界を救う。ハッピーエンド大好きなのでそういった作品を紹介しています。

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