永遠なる君の嘘(영원한 너의 거짓말)の韓国の原作小説2巻(後編)のネタバレ感想です。
原作:jeonhoochi
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10章 一人の血、一つの願い、一度の魔法
森ではなく小枝を見る人
誰もこの魔獣がたくさんいる海を渡ることができないように、轟音が鳴り響く空の下から抜け出せない人もいました。ローゼンはそれまでイアンは大丈夫だと思っていました。けれど、それはどんなに残酷な事だったのか。振り積もった残酷な信念が、イアンをここまで壊してしまったのです。
ローゼンはヘンリーや船医を呼んでくると声をかけますが、イアンはヘンリーに知られる訳にはいかないと言います。船医もリービル家の人間なので、結局ヘンリーの耳にも入ってしまいます。
「知ったらあいつが耐えられない」
「それはヘンリーの役目でしょ?こんな状況になっても医者を呼ばないなんて」
甲板にいる人たちは呑気に笑っていた。この平和をプレゼントした当事者が誰にも知られないよう隅で子供のように隠れているのに。けれど、ローゼンも「あんたは英雄じゃない」と当たり前のように言ってきた1人でした。たからこそ泣きたくなりました。今泣くべきなのはローゼンではないのに。
ローゼンは人を呼ぼうとしないイアンに、睡眠薬でも麻薬でも、何かかしらの薬を持ってると思って、自分が取りに行くと提案します。
「私を信じろとは言わないよ。でも誰にも知られたくないなら私しかいない。大丈夫。秘密を広めたくても私の言うことはどうせ誰も信じないから」
イアンを助けれるのは、帝国で嫌われ、嘘つきだと呼ぶ女だけということがローゼンにはとても滑稽に思えました。けれど、それでもローゼンはイアンを助けたかった。
「……ガッカリしたか?」
「今それが重要なの?」
「……お前にバレたくなかった」
それは初めてローゼンが聞いたイアンの本心でした。これまでイアンがずっと自分を守っていた固い鎧の内側。弱くなったイアンが今見ているのはローゼンではなく、ローゼンの後ろにあるリオリトンです。
『お守りします。安心してください』
「守りたかった。それで飛行機に乗った。けれど、すまない。結局嘘をついたことになった」
「謝らないで。騙されたんじゃなくて、騙された振りをしたの。それが不可能な約束だなんてみんな知ってた」
ローゼンはイアンの耳を塞ぎます。彼が、空ではなく目の前のローゼンを見るように顔ごと掴みました。
「コナー卿、知ってる?守れなかったって…全ての約束が嘘になるわけじゃない。あんたはいつも本気だったじゃない」
「……」
「私はあんたを恨まない。ガッカリしたこともないし」
そうしようと努力してもそうはならないだろう。
「だから私にあんたを助けることが出来るようにして。一度だけ。あんたは認めたくないだろうけど、私もあんたが助けた一人だから」
話しながら、何かを期待したわけではなかった。ただ言ってみたかった。守れなかったことを胸に込めたまま、彼が一生苦しまなければならないという事実に耐えられなくて。
イアンは手を伸ばしてローゼンの腰に腕を回し、抱きしめました。反射的に押しのけようとしたけれど、イアンはもっと強く抱きしめます。
「少し待って、このままでいて。花火が燃え尽きるまで」
その時にはもうローゼンの耳にはイアンの声しか聞こえなくなっていました。ローゼンの耳からは全ての音が遮断され、ただイアンの心臓の鼓動だけを感じていた。イアンは温もりを求める動物のようにローゼンを抱きしめています。やがて激しかった息遣いが収まり、鼓動も大人しくなりました。
ローゼンは自分から抱きつくことはできても、イアンから抱きしめられるとなんだか怖くなりました。だから離れようとするけれど、イアンに「じっとしていろ」と威嚇するように耳元で囁かれました。
「私は大丈夫だと言った。お前が私を助けることを選んだんだ。だから最後まで責任を取って」
花火は未だに空に打ち上がっていて、破裂音がする度にイアンは体を硬直させたけれど、先程よりは呼吸が安定していました。イアンは抱きしめるだけでは物足りないのかローゼンの髪を撫でます。ローゼンがそうだったように、イアンにとってローゼンは小さな慰めになっていたのだろうと思いました。
イアンは英雄だから、森を見てもそこにある小枝のことなんて気にしない人だと、皆が思っていました。けれど、それこそが間違っていた。実際は森だけでなく、小枝が燃えれば気にしてしまうような性格だった。小枝どころかネズミであるローゼンのことを慰めにしている事実が悲しかった。イアンにとってそれしか支えがないというのが、ローゼンには胸が痛かったのです。
「船室の二番目の引き出し。小分けした茶色の小さな包みが薬袋だ。持ってきて」
イアンの手に押され、ローゼンは飛び起きて甲板を走りました。
2つの自分
船室にたどり着くと、確かに2番目の引き出しは鍵が閉められていなくて、開いていました。整理された引き出しの中には小さな箱に入った、小さな茶色の薬袋。ローゼンは薬袋を鼻先につけ、それが睡眠薬であることを嗅ぎ当てます。ローゼンの計画にはこれが大量に必要で、こんな小さな量では全然足りなかった。しかし、きっとイアンはもっとたくさん隠し持っているはず。引き出しや本の間を探りながら、隠された睡眠薬を探します。
そうしながら、ローゼンは自分が二重人格のように思えました。一方ではイアンのかわりに泣き、イアンを助けたい自分がいる。彼のことが好きだから。それなのに、ローゼンは冷めた頭で逃げ出すために船室を探っています。崩れ落ちたイアンを甲板に残したまま。
イアン・コナーはミスをしました。あの時イアンはローゼンを信じて、ローゼンはその信頼を今裏切っているのだから。
引き出しを全部開けようとしたローゼンは、1番上が何かに引っかかってあかないことに気がつき、それを強引に開けました。中に入っていたのは本のようなものに挟まれた紙の束でした。
イアンが作ったのだろうかと不思議に思ってローゼンはそれを開き、そのまま息が止まります。それは新聞に映ったローゼンの写真でした。どれも色褪せていて、新聞の上に見覚えのある字で、先程覚えた「ローゼン・ウォーカー」という文字が書かれていました。ローゼンはそこで、彼が今まで言っていた言葉が、ご機嫌取りなどではなく、同情心でもなく、本心であったことに気がつきました。ローゼンが思うより、イアン・コナーは誠実な人だった。
けれど、ローゼンはこれを見つけた瞬間でさえ、卑怯な希望を抱いてしまいます。これを利用して、イアンを騙すことができるかもしれないと。唇を噛んで冷静さをなんとか取り戻し、ローゼンはそのまま捜索を続けてようやく分厚い睡眠薬の束を見つけました。
イアンは気をつけるべきでした。ローゼンはイアンの事が好きだけど、ローゼンの心はもう既に壊れていて、真心が何の役にも立たないと思っていました。
精製した睡眠薬の1回の定量は50mg。不眠症の人が6時間は眠れる量で、1.5倍使えば8時間の間、深い眠りにつくことになります。けれどそれは一般的な知識ではありません。睡眠薬は見慣れない薬だから、多くの人が眠りやすくするための燃やす草だとしか思っていないので、イアンも引き出しに鍵をかけていなかったのでしょう。
けれどローゼンはエミリーの弟子で、これを精製して粉にすれば麻薬ほど強力な効果を発揮することを知っていました。粉末の睡眠薬は無色無臭のため、ワルプルギスの夜の2日目にパーティ会場で振る舞われるワイン樽にひと握りだけでも入れればいい。
イアンのことは、彼が助けたもっと善良で相応しい人が支えるし、そうして前に進み、結婚して子供を作るのでしょう。
睡眠薬を下着の中に入れ、ローゼンは明日計画を実行することを決めました。海の上でたとえ死ぬことになったとしても構わなかった。ローゼンのエンジンは燃え続けているから。
イアンの支えだったもの
イアンはローゼンが走り去ったあと、花火を見上げます。耳元にはローゼンの声が残っていて、それがイアンの耳を塞いでくれていました。誰もが嘘つきと呼ぶ囚人だったけど、イアンが会ったローゼンはあまりにも素直でした。世界のどこに看守を慰めてくれる囚人がいるのか。
ローゼンがイアンにしがみつくのは、彼女自身、自分の気持ちが意味の無いものだと思っているからでした。イアンに何の影響も与えないと固く信じている。いっそその方が、お互いにとって楽だったのにとイアンは思いました。もうずっと前から、イアンは自分が冷静でいられないことを自覚しています。
過去に戻れるなら、ローゼンを移送するという命令を絶対に拒否したとイアンは思いました。今までイアンは一方を選ぶと一方を失うという選択をしてきたが、それでもローゼンくらいは残って欲しかった。イアンの手で、連れていきたくはなかった。
仮に、救命ボートに乗れたらとしたら、生きたまま海を渡る確率はどれくらいあるだろう。そんな確率ほとんどゼロに近いものでした。海には人を襲う魔獣がいるから。そうやって、まるでイアンこそが脱獄を目論む囚人のようなことを考えていることに驚きました。
ローゼンを初めて見たのはもちろん新聞です。街に張り出されていて、そこにはローゼンの顔と、ペリーヌ刑務所を脱獄したことが書かれていました。帝国は刺激的な内容を出して、人々にローゼンの写真に唾を吐き、石を投げることを望んでいたのでしょう。けれどイアンはリオリトンを逃げ出して無事に生き残ったローゼンの写真を、それからずっと胸ポケットに入れていました。出撃する時はその切り抜きを取り出したりもします。まるで、ローゼン・ウォーカーがイアンの家族か恋人かのように。
前にローゼンが、自分はイアンを見て戦争に耐えたけど、イアンは何を見て耐えたのか、という質問の答えが出ましたね。イアンはローゼンの写真を見て、戦争に耐えていました。
ヘンリーは姉とライラの写真を持っていたけれど、イアンには何も無かったし、故郷も失われてしまった。だから、イアンには必要でした。飛行機が撃墜され、海に落ち、運良く遺体が回収される時に、ドックタグ以外にも、自分のそばにある何かが。イアンを軍人ではなく、人間にしてくれる何か。写真を入れたペンダントはそのあと海に落ちた時に無くしてしまいました。
選択と引き分け
イアンが顔を上げると、ローゼンが走ってくるのが見えました。そこでイアンは残酷な現実を悟ります。何度考えても答えは一緒で、ローゼンがモンテ島に行けば苦しい最後を迎えるでしょう。イアンが今してあげられることは、綺麗な最後を贈ることだった。悲惨だが、最善でもある。
イアンは腰の拳銃を触ります。銃殺はイアンの知る限り最も人道的で、頭を狙えば苦痛を感じることも無く即死できる。政府と軍部から目をつけられ、懲戒を受けるだろうけど、囚人輸送中に事故が起きることもあります。
モンテ島では虐待、暴力、強姦、拷問が行われます。そこに行くくらいなら、殺してあげた方がいいかもしれないとイアンは考えました。しかし、拳銃を握ろうとした時に「愛してる、イアン・コナー」というローゼンの告白が耳に蘇えり、銃を掴むことが出来ませんでした。
その間にローゼンはイアンの元に来ていて、たった今イアンがローゼンを殺そうとしていたなんて全く知らないまま、「早く飲んで」と薬を渡してきました。
ローゼンを見て、イアンはようやく理解しました。目の前にいるローゼンは、色があり、血が巡り、息をする。新聞の切り抜きではない。ローゼンに向けている心が憐憫だけなら、イアンは迷わずローゼンを撃ち殺したでしょう。過去に戻れたとして、命令を拒否しても他の人間がローゼンを島に連れていくなら、イアンはその任務を奪ってまた同じ船に乗ります。結局、引き出しの中にあるものを仮に奪われてしまったとしても、イアンはローゼンを死なせたくはなかったのです。
イアンはローゼンを抱きしめました。ローゼンは押しのけようとするけど、それでもイアンはローゼンを離したくありませんでした。けれど、抱きしめるだけでは物足りなくて、もっと深く接するには何かないかと、狂った考えが頭を巡ります。
イアンは暫く躊躇ったあと、ローゼンに口付けました。
彼は押し付けられたわけではなかった。 少なくともこの仕事だけは最初から最後まで、すべてが彼の選択だった。 彼はローゼン・ウォーカーを選んだ。 もしかしたらずいぶん前から。 最初から。
口付けは短かった。イアンは自分からしておいて、慌てたようで二人はすぐ離れました。たとえイアンのような理性的な人でも、人は弱くなるとしがみつきたくなるもので、だから口付けなんてしたのだとローゼンは思いました。しかし、ローゼンは自分も慌てて固まってしまったので、チャンスを逃したことを後悔しました。
気持ちが盛り上がった男はどんな人間でも頭で考えることをやめる。イアンもそうだと思ったのに、イアンの顔も耳も赤くもならず冷静で、ローゼンは胸が傷みました。イアンは「悪かった」と謝り、姿勢を低くして自分の頬を1発でも2発でも叩けと言います。ローゼンは殴るふりをして、もう一度イアンに口付けました。
「これで引き分けだよね?」
「…船室に戻ろう。お前、また酔いが回ったみたいだな」
イアンに引かれるままローゼンは船室に戻りました。ローゼンの頭の中は希望でいっぱいになっていました。イアンにも女に触れたいと思う気持ちがあったのが分かったので、あとはローゼンの得意分野です。1度線を超えれば、あとは崩れるだけ。船室に入るなりローゼンはイアンの首を抱きしめて口付けをしました。
「あんたからいい匂いがする」
香水なんてつけていないだろうに、イアンからは冷涼とした爽やかな香りがしました。
「やるなら先に抱きしめて。私はそれが好き。恋人たちの真似ができるでしょ。それをすると、世の中が少し怖くなくなるの」
「ローゼン、じっとしてなさい」
ローゼンが服を脱ごうとするとイアンによって布団に丸められてしまいます。抵抗するけど、結局イアンには勝てず、ローゼンは諦めるしかありませんでした。ローゼンよりも疲れた顔をしてベッドの横の椅子に座るイアンに、ローゼンは何故しないのか、口付けをしたので当然そうだと思っと不満を言うけど、イアンは答えられないようでした。
「私が汚いから?だから嫌なの?」
「……お前の体を道具のように使うな。お前は人であって道具ではない」
もし普通に出会っていたら
イアンは薬の効果によってもう全然平気そうに見えます。ローゼンは薬の量を減らすべきだったと後悔し、最後の手段としてイアンのズボンの間を指さして「あんただけ満足させる方法もあるけど、どう?」と言い、イアンの怒った表情を見てすぐに後悔して顔を下げました。
ローゼンは本能的に、今イアンが決めていた線を越えたことを悟ります。次の瞬間にはローゼンは船室のドアの外に放り出されることさえ頭をよぎりました。イアンの歩いてくる音がして、ローゼンは反射的に目を閉じて身を竦ませ、腕で髪を隠しました。イアンが本当に殴ってくると思ったのではなく、それは体に刻まれた癖でした。
「ローゼン」
しかし、ローゼンを呼ぶイアンの声は、彼がなかなか出すことのない優しい声でした。イアンはベッドにローゼンを座らせ、自分もその隣に座ると、両腕を広げて「おいで」とローゼンを呼びます。雰囲気を挽回するためにローゼンはすぐにイアンの膝の上に座り、首に抱きました。
「私の表情が驚異になると思わなかった。すまない。怖がらないで。お前に怒ったんじゃない」
ローゼンに今必要なのはイアンの謝罪ではなく、イアンがこうして見せてくれる隙でした。ローゼンは「私はもうすぐ死ぬんだから抱きしめて」と言うと、イアンは「私としたいのか?」と直接的な質問を投げてきました。
「……そうだよ」
「どうして私としたいの?」
逆に聞かれてローゼンは混乱しました。ハンサムだし体格がいいし、と理由をあげながら、「あんたはしたことが無いからわからないだろうけど、裸で抱き合えば目が回るほどいいんだよ」と話します。
「お前も、目が回るほど良かったのか?」
その質問の答えは難しかった。ローゼンには目的があって、配膳をもらうためであり、スプーンをもらうためであったから。ローゼンが「目が回るほど良かった」ということはなく、それは相手をした男たちが言っていた言葉でした。
「あんたと寝たいのは本当に好きだからだよ」
そう言ったけれど、むしろイアンは憂鬱そうな表情をしています。またローゼンがわからない何かに怒っているようでした。
「お前に必要なのは男ではなく、抱きしめてくれる人だ」
「じゃああんたの言う通りだとして、それに今更なんの意味があるの?私が可哀想と思うなら私の好きなようにさせてくれない?」
「いや、そうじゃない。もし私たちが普通に会っていたら、ワルプルギスの夜を一緒に過ごすことも出来ただろう」
ローゼンはそういうイアンの言葉が信じられなくて固まりました。ローゼンを囚人でもなく、ネズミでもなく、ただの平凡な人のように扱い、まるでリオリトン広場で酒に酔って出会った男女のように言うのだから。イアンはローゼンの手首から袖をまくり、腕に残る傷を見て、その腕を掴みます。
「しかし、そうするにはお前は痩せすぎてる。傷も多いし、お前は乱暴に接する人に慣れているように見える。……私まで同じような人になりたくない。お前は私を見ていたと言ったから」
「驚いた、本当にリオリトンを愛してるんだね」
ローゼンにはそれしか言葉を返せなかった。イアンが故郷全体を見ていると思わないと、ローゼンがどうにかなってしまうから。
イアンはベッドの下の引き出しからケーキを取りだして、ベッドの上に置き、ロウソクをさしていきます。
「これはなに?」
「お前には意味のあることのようだったから」
ローゼンは顔を上げてイアンを見ました。ローゼンがもう少し若くて愚かだったら、イアンに抱きついて泣いたでしょう。どう考えても、ローゼンのような囚人を監視するには、イアンは良い人すぎました。イアンはローゼンの話を聞き流さず、きちんと耳を傾けていたのです。
ローゼンはイアンの膝を枕にして寝転がり、願い事を何にするか考えました。とても昔だったら、イアンがローゼンを愛してくれるように願っただろうけど、それがもう何の意味も持たないことをローゼンは知っていました。かわりに、ローゼンは以前とは違う願いをします。
ヴァールブルク、私に力をください。 愛はもう必要ありません。 私がすべての苦難を乗り越えれる力を、安楽を捨てる勇気とこの険しい世の中で一人で立つことができる意志をください。 折れない私が欲しいです。
イアンに何を願ったのか聞かれて、ローゼンは「楽に死なせて欲しい」と嘘をつきました。そしてイアンにも願い事をするように言うけれど、ヴァールブルクが願いを叶えるのは女だけなので、イアンはケーキを見つめるだけで結局願いを口にしませんでした。ローゼンはイアンから離れようとしたけれど、イアンはローゼンを抱きしめたままベッドに横になり、ローゼンに話をするように言います。
ローゼンにとって、これ以上話して役に立つことは無いけれど、それでもイアンがローゼンの好きな放送用の声を出して灰色の瞳でローゼンを見つめていたから、イアンの手を握りしめて話すことにしました。
「何を言っても聞いてくれるの?」
「そう、聞くよ。だからお前も嘘はつかないで」
立ち向かう力
それはローゼンが16歳になった春。
卵からたまにひよこが還ることがあって、そうするとエミリーは朝、ローゼンを起こしてひよこを見せてくれます。卵から殻を割って出てくるひよこたちの中で、中々出られないひよこがいました。ローゼンが殻を割るのを手伝おうとするけど、エミリーに止められます。エミリーはそのひよこが助けを借りなくても自分で割れると信じているようでした。
そうして時間をかけ、少しずつ殻の穴を大きくし、ようやくひよこが出てくると、ローゼンは胸がいっぱいになりました。
そしてひよこを見て考えます。自分も、いつかは小さな小屋を壊して出てくるほど強い大人になりたいと。ローゼンを殴るヒンドリーに立ち向かい、離婚状を叩きつけ、エミリーと一緒に遠くに旅立ちたかった。それが無理なら夜逃げでもいいと思っていました。
ローゼンの体には痣が増えていて、エミリーの体には元々多かった。ヒンドリーの支配するこの家より、むしろ戦争の起きている外の方がマシなのではないかという思いが日に日に強くなっていました。
ローゼンはエミリーに首都マローナに逃げようと提案します。お金も少しずつ集めていたのでもうすぐ貯まるし、戦争中でも首都までは中々届かない。無謀さが足りないエミリーのかわりに、ローゼンは冬に準備を整えて逃げることを計画しました。
エミリーは例えヒンドリーとの間でも子供を欲しがっていて、そして子供ができればヒンドリーは変わると信じていました。2人の関係は長いので、エミリーは「元々悪い人じゃなかった。子供を何度も失って変わったの」と言っていたけど、ローゼンはそれを信じていませんでした。元気な子供を産めなかったり、産んだのが女の子だとしたら、ヒンドリーはまた荒れるでしょう。
子供を諦めきれないエミリーに、ローゼンは「冬が来たら私と逃げて。迷わないで」と約束をさせます。しかし、冬になったある日。エミリーは笑うことも無くローゼンに「1人で逃げて」と言い出しました。理由は、エミリーに子供が出来たからでした。
「私の体は私が知ってる。 今回が最後のチャンスだよ。 この子を失ったら私は二度と子供を持つことができない。 私は子供をあまりにもたくさん失ったし…….」
妊婦を連れて逃げるのは不可能なことでした。しかし、ローゼンはそれでもエミリーには一緒に逃げて欲しかった。
「約束したじゃん!」
ローゼンはエミリーの表情から深い諦めを感じ取っていました。エミリーは最初から逃げるつもりはなく、子供のことは言い訳でしかなかったのです。そのことにローゼンは腹が立ちました。
「約束したじゃないですか、私と!」
「逃げられると思ってる?きっとまた捕まる!」
「やってみないでどうしてわかるの?」
「逃げて行くところがあると思う?私はここがいちばん安全なの!」
「逃げるつもりがないならどうして私と逃げようとしたの?」
「私のように生きて欲しくなくて。私と違ってあなたはまだ若くて、可能性が多くて、勇敢だから。私のように諦めて生きて欲しくない…」
そう言われて、ローゼンの怒りは収まりました。ローゼンはエミリーとそれ以上喧嘩をせず、お金はもっと深くに隠しました。とりあえずエミリーが子供を産んでから考えることにして、ローゼンは計画の時期を遅らせることにしたのです。産んだのが男の子ならヒンドリーも待望していたので少しの間は大人しくなる。その間にローゼンはエミリーを説得して、マローナに逃げるつもりでした。
無知の悲劇
春と夏が過ぎ、秋が来ると、エミリーのお腹は順調に大きくなっていきました。エミリーはこれまで5ヶ月ともたずに流産していたけど、今回は7ヶ月も無事でした。そうなると、最初はまた流産すると鼻で笑っていたヒンドリーの態度も変わり、酒の量を減らして、エミリーのために山から花を摘んでくるようになりました。
ローゼンはひよこが大きくなったのでエミリーのためにシチューを作り、「ヒンドリーが変わった」と話すエミリーの話に頷いて見せました。母親が幸せであってこそ赤ちゃんもよく育つというローゼンの考えからでした。
ローゼンが作ったシチューはエミリーにだけ食べさせたので、ヒンドリーに家にいた鳥の行方を聞かれ、野良猫のしわざだと答えたけれど、問答無用で殴られました。エミリーにはシチューの出どころを聞かれて「市場で買った」と嘘をついたけど、何にしても、ローゼンはエミリーが幸せでいてくれるために頑張っていました。
エミリーは赤ちゃんの服を縫うローゼンの腕の傷を撫で、まるで自分の過ちかのように涙を流しました。腕の傷はヒンドリーに付けられたものですが、エミリーは妊娠してから感情の起伏が激しくなっていました。
「ローゼン、初めてあった時は殴ってごめんね。あなたが悪いことをしたわけじゃないのに…。今、私にあなたがいなかったらどうなっていたか。そんなことを考えるの」
エミリーの言葉を聞いてローゼンは笑いました。ローゼンはヒンドリーと結婚したことを後悔してはいなかった。そのおかげでエミリーに出会えたから。
「私もです」
振り返ってみると、ローゼンが初めて誰かに純粋な愛情を向けていたときでした。
ローゼンはエミリーの妊娠中に初潮を迎えたけど、生理が来てもいつも自分でさっと拭くだけだった。妊娠中のエミリーを煩わせることもしたくなかったので、エミリーに知識を求めることもしませんでした。
ヒンドリーもエミリーが妊娠中だからなのか、年齢によって精力が落ちたのか、ローゼンにほとんど触れてこなかったけど、たった一度だけ引っ張られて強引に関係を持ったことがあありました。それは3分にも満たない短い時間です。ローゼンは初潮を迎えたあとは妊娠する可能性があることは知っていたけど、避妊の方法なんて知りませんでした。そして、無知は悲劇をもたらします。
ローゼンが17歳の冬。エミリーは16時間の陣痛の末に子供を産んだけど死産でした。エミリーは部屋に閉じこもって泣き、ローゼンも閉ざされた扉の前で一緒に泣きました。そこへヒンドリーが帰ってきて家具を壊し、エミリーの部屋のドアをハンマーで無理やり開けようとするのでローゼンは開けられないよう必死に守りました。そのかわりたくさん殴られ、ハンマーがスネに当たって青アザができ、歯が抜けました。けれどドアをあけさせたくなかった。
「やめてください、どうかエミリーを殴らないでください。子供を産んだばかりじゃないですか!むしろ私を代わりに殴ってください」
ヒンドリーはローゼンが妻ではなく、エミリーの友人のように振る舞うのが気に食わないようでした。「妻らしくしろ!」と怒鳴りつけるヒンドリーに、ローゼンはハンマーをおろさせるために彼が望むように振る舞い、へそくりを出してヒンドリーを再び競馬所に送り出しました。
その1週間後に、ローゼンの生理が途絶えてしまった。数週間待ったけど、生理は来なかった。あんなに望んでいたエミリーは叶わなかったのに、全く望んでいないローゼンのもとに子供が宿ることが信じられませんでした。クローゼットからハンガーを取り出し、ローゼンは浴槽に水を入れながらそこに座ります。ローゼンがそうして絶望のまま泣いていると、エミリーがいつの間にか浴室に入ってきて、ローゼンの顔を持ち上げました。硬く閉ざされていた浴室の扉は、エミリーの魔法によってこじ開けていました。
「ローゼン、とりあえず起きて。寝室に行って話そう。バカみたいなことはやめて」
エミリーはハンガーを取り上げるとそれを粉々にして消してしまいます。けれど、どうしても産みたくないローゼンは「産むくらいなら死にます」と言いました。エミリーに言うべき言葉ではなかったけど、それほど耐えられなかったのです。エミリーは怒ることも無く、出来たばかりなら薬草で無くすことができるから大丈夫だと説得しました。
「ローゼン、逃げよう。 今度は馬鹿みたいに迷わないよ」
「お金を全部取られました」
「また貯めればいいよ」
「ヒンドリーにバレたらダメです」
「うん、絶対ダメだよ。 でも心配しないで。 私たちは絶対にバレないよ」
「絶対」ほど無責任で安らかな単語が他にあるだろうか。 だが、私はエミリーが言う「絶対」という言葉にしがみつきたかった。
エミリーは「元気になるようにあなたの好きなものを持ってきた」と言ってポケットからイアンの写真を取りだします。それはいつものビラではなく、文字が大きく書かれていました。
「なんて書いてあるか気にならない?人に聞いてきたんだけど教えてあげようか」
「なんて書いてあるんですか?」
「真似してみて。私たちは勝利します」
「……私たちは勝利します」
「そう、ローゼン。私たちが勝つよ」
逃走
エミリーの言葉は特別に感じられたけれど、ローゼンがエミリーの扉を守るためにヒンドリーに反抗したので、ヒンドリーはローゼンに疑いを向けていました。市場に行って遅くなると問い詰め、家の中で少しでもローゼンが見えないと大声で呼びました。浮気を疑っていたのもその頃でした。
よくない予感がして、今度は時間をかけることができなかったので、ローゼンは酔って倒れているヒンドリーの胸ポケットからかなりの額の金を三度も盗みました。エミリーは衣類と食料を準備します。女二人で立ち去るのは目立つので、旅行する夫婦に偽装することになり、引き出しの奥からヒンドリーの昔の身分証明書を用意しました。リオリトンからマローナに行くには、サン・ヴィセンヌという小さな町を通らなくてはいけない。サン・ヴィセンヌからマローナまでは歩くことが出来るが、問題はここからサン・ヴィセンヌまではどうしても列車や馬車を利用することになることでした。
馬車を借りるには身分証を地方官庁に提出する必要があったけど、列車なら人混みを利用して紛れることもできるし、検問も緩いはず。列車の切符売り場はリオリトンに押し寄せた軍人たちが占拠していて、彼らは難民に法外な値段で切符を売り、すでに定価の3倍にも跳ね上がっていました。
その頃にはもうエミリーよりローゼンの方が背が高かったので、ローゼンは髪を切って付け髭をし、エミリーは首の拘束具を隠すためにマフラーを巻きました。ヒンドリーの酒に薬を盛って、真夜中に出発すると、駅は予想以上に人がいて、切符売り場が見えないほどでした。3日前はこんな様子ではなかったけど、どうやら数日前に南部で空襲があり、みんな荷物をまとめていたのです。ラジオにはそんな情報は流れないので2人はここで初めてそのことを知りました。
情報を教えてくれた女性は切符を買うためにすでに6時間も待っていて、定価の5倍もするのだと言っていて、ローゼンとエミリーは凍りつきました。しかし、リオリトンは早く出なければならないので、ひとまず切符売り場に行けるよう賄賂を払うために軍人に声をかけました。捕まえた軍人に賄賂を渡し、先程よりはマシな列に並んだがそれでも切符売り場までが遠かった。
「緊張しないで、あなた」
エミリーがローゼンの緊張をほぐすためにローゼンの好きなシナモン味の飴を口に入れてくれます。
「全部上手くいく。今はそれだけを考えて」
ローゼンはそう言われて、これは幸せへの旅だと考え直しました。夜が明ける頃、ようやく切符売り場にたどり着きました。しかし、そこにいた軍人達はローゼンが提出した身分証を放り投げ、エミリーの手首を掴んで引っ張り、定価の7倍だと言いました。
「嫌ならあんたの奥さんを1度食べさせて」
「犬みたいなヤツら!有り得ないことを!」
「生意気だから8倍。それともお前も綺麗だから、かわりに尻を貸すか?」
ローゼンは目の前が真っ白になりました。軍人達は身分証が偽物でも、十分な金がなくても、全く関係なかった。彼らはただ遊んでいるだけでした。女のように弱々しく見える男と、それに連れ添っている女というだけの理由で。ローゼンが8倍払うと言っても、軍人達は聞いていなかった。無造作にテーブルに置かれた銃が、ローゼンを呼んでいます。しかし、ローゼンがその銃を手に取る前に、周りが騒がしくなり、大尉と呼ばれる男が現れました。
大尉の瞳は灰色で、その瞳にイアン・コナーを思い出し、ローゼンは希望を抱きましたが、男はローゼンに近づくと付け髭を取り去ってしまいます。そこへ、ヒンドリーも現れました。気がつくとローゼンはヒンドリーに髪を掴まれて引っ張られ、エミリーは手錠をかけられていました。ローゼンは軍人達に足の傷を見せながら必死に助けを求め、家に帰ると殺されると訴えたけど、誰も聞いてくれなかった。
勝利の行方
「もうわかった?私が軍人が嫌いって言った理由。本当に酷くない?やっぱりその時、銃で全員撃っとくべきだった」
ローゼンがそう話していると、話を聞いていたイアンが手を伸ばし、ローゼンがいつの間にか流していた涙を拭ってくれました。ローゼンは名前も知らない大尉を殴る代わりに、イアンの胸を拳で叩きます。
「あいつら空襲の時にみんな死んだでしょ?良かった。みんな地獄に落ちろ」
ヒンドリーに殴られた話をする時は涙なんて出なかったのに、急に涙が流れ出しました。ローゼンは悲しみより、怒りや悔しさの方が涙腺を刺激されるようでした。
「あんたは丈夫すぎる。私の手の方が痛いじゃん」
「痛い気もする」
「嘘が本当に下手だね」
「……泣かないで、ローゼン」
「……」
「私が…あの時、そばにいなくてすまない。お願いだからそんなに泣くな」
ローゼンが、イアンがいたら変わったかと聞くと、イアンは「私の副官なら銃殺してる」と答えました。権力で不当な利益を得て、守るべき市民を愚弄して死地に追いやったので、銃殺すべきだとイアンは話します。けれどローゼンは銃殺だと楽な死に方なので苦しませるためにナイフで殺すべきだと言いました。
「ナイフで人をさしたことはある?」
「ないけどできる。空軍でもその程度の訓練は受けてる」
ローゼンは笑って、イアンの服の袖で涙を拭いました。ローゼンは甘えていて、イアンもそれを許していました。囚人と看守が、手を繋いでベッドに横になっていた。イアンはローゼンの話が真実なのか確かめるために、ローゼンの口の中に指を入れて歯がない箇所を触り、本当に奥の歯がないのがわかると、ローゼンを抱きしめました。
ローゼンはイアンに「もしリオリトンをパトロールする軍人だったら、ヒンドリーを殺した?」と聞いてみます。
「ただ、嘘を一言いって。私が聞きたい言葉を知ってるでしょ」
「殺した。お前の言う通り、ナイフで刺して」
イアンの声のあまりの真剣さに、ローゼンは笑いをとめます。副官なら銃殺すると言っていたときより、遥かに重たい返事でした。イアンはベッドから立ち上がり、ガス灯の光を消しました。暗闇で、イアンが「本当に殺したと思う」という声が響きました。
エミリーが、難しい問題は一瞬で溶ける時があると言っていました。本当にその通りで、答えはいつも突拍子もなく訪れます。ぼんやりと見ている間に、散らばったピースが合わさっていることがある。
勝機はローゼンの方に傾いていた。なぜなら彼が……
あ、考えるのはやめよう。 口に出さずに。 単語で表現しないようにしよう。 漠然とした感覚が具体的な言葉になって、私の中で響く瞬間、私はそれに耐えられなくなるかもしれない。
ヴァールブルクへの願いと幸運のコイン
イアンを苦しめていたのは罪悪感だったため、後悔をしたことはありませんでした。空軍を選択したことも、無理な作戦に従ったのも、宣伝用の放送を行ったのも、望まない名誉を得て英雄になったのも。他に選択肢がなかったので後悔はしていなかった。
けれど、ローゼンの前に立つと、イアンはしたことの無い後悔を覚えました。空軍を選ばず地上にいたら、リオリトンにいるローゼンに今より早く会えただろうか。切符売り場でローゼンに会っていれば、守ることが出来たのに。しかし、それも言い訳でしかありません。イアンにはもっと他の機会があったから。新聞でローゼンを見た時に、刑務所に行くべきでした。ローゼンの目を見ながら、話を聞くべきだったのです。
見えないところで役に立たない応援をしているのではなく、法廷に行くべきだった。 声を上げて無罪だと叫んでいたローゼン・ウォーカーの味方になるべきであり、彼が代わりにその場に座って彼の罪を審判されるべきだった。
眺めてばかりいてはいけなかった。 ローゼン・ウォーカーひとりですべて被り、耐えられるように放っておくべきではなかった。
私がそうだったら、何か変わっただろうか。 お前が生きていられたのだろうか。
船がモンテ島に到着したら、イアンの任務が終わるけれど、イアンは終わらせたくはありませんでした。答えなどないと知りつつも、海図を広げます。しかし、海の上に逃がしても、結局は魔獣に食われて死んでしまいます。苦痛で死ぬならイアンの手で楽に死なせてあげたいけど、そんなことはできないとイアンにはわかっていました。
『さあ、コナー卿。あなたも祈って』
イアンはローゼンに言われて、初めてケーキの前で願い事をしました。イアンは女では無いのでヴァールブルクに願いは届かないだろうけど、しかしイアンにも魔法が必要な時がありました。
考え事をしていたイアンのもとに、ヘンリーが訪れます。ヘンリーは手錠をされないまま眠っているローゼンと、疲れた顔で机の前に立ってるイアンを見て、「こうなると思ったんだ」と頭を抱えて座り込みました。ヘンリーはどうやら甲板でイアンがローゼンに口付けたのを見ていたようでした。
「好きなんですよね?なんでこう悪い予感ばかり当たるんだろう」
「うるさい」
「今鏡を見てください!ローゼン・ウォーカーを見てる自分の目付きを直接確認してから否定してください」
「否定しない」
ヘンリーはもう否定もしないイアンを見て、「どうして卿ばかりがこんなに苦労をするんだ」と嘆いて涙を流しました。イアンは陸軍や海軍からの誘いを蹴って空軍に入り、そこで多くの地獄を見ました。成績が悪くて空軍に行くしかなかったヘンリーとは違います。
「楽に暮らせる人生をどうして台無しにするんですか?10年命がけで戦争をして、これからは気楽に暮らすのかと思ったら、もうすぐ死ぬ女性を愛してるって?帝国中に手配令が出された囚人を?それも自分の手で島に移送してる人を!」
ヘンリーは怒りのままローゼンに近づき、拳銃を取り出してローゼンに向けます。島に行くよりもここで撃たれて死んだ方がマシのはずです。だから、ヘンリーはその許可をイアンに求めました。
しかし、イアンはヘンリーよりも怒っていました。ヘンリーの肘を打って拳銃を奪い、投げ捨てます。
「ほら、殺せないでしょ…」
「なぜここに来たのか、外で何があったかだけ報告しろ」
ヘンリーは仕方なく、船が動けなくなったことを報告しました。アレックスが船に乗って40年、1度もそんなことは今までおきなかったので、甲板では、「魔女が船を止めた」と大騒ぎになっています。イアンは船長室と甲板を見に行くことになり、ヘンリーはローゼンを囚人たちのいる監獄へと連れていくことになりました。人々が魔女を求めているなら、英雄も登場しなくてはいけないから。
イアンは床に落ちた赤いマフラーを首に巻き、歩き出そうとしたところで立ち止まります。目線の先にはガラス瓶と、その底に沈む、金色のコイン。
ローゼンがライラに与えた出任せ。出任せのはずでした。けれどもう出任せなんて言えません。幸運のコインはローゼンの言う通り、金貨に変わっていたのだから。
2巻後編を読んだ感想
イアンがついに自覚して、どうやったらローゼンを生かすことができるのかを考え始めましたね。ついに3巻で本編完結となります。物語の終結に向かって走っているので、最後までよろしくお願いします。
もちろん、私はハッピーエンドが大好きな女なので、この物語もハッピーエンドです。
(というかハッピーエンドではない作品はこのブログでは紹介していません)
次回の更新は来週を予定しています。更新はtwitterにてお知らせします!